カランコロン♪
静かな店内に来客を知らせる鈴の音が鳴った。
入ってきたのは身長が170近くの紺のコートに顔まで隠すフードの人物。不審人物にしか見えないが、店主である陽気な男はその客の姿を見ても顔色一つ変えずに対応する。
「やぁ、いらっしゃい。この町で唯一の魔法屋3ZX3へようこそ。旅人の役に立つ魔法がそろっていますよ」
この店は漁業が盛んなハルジオンで唯一の魔法を売る魔法店で客といえば旅人の魔導士が大半だった。そんな客の中には顔を隠す者など珍しいものではない。
しかし店主がフードの人物を不審がらないのはもうひとつの理由があった。
「久しいな、店主。今月の新商品を一通り見せてくれ」
フードの下からは中性的で凛々しい声色でしかしそこに女性らしい柔らかさは皆無だった。
数年に渡る常連である彼は店の奥に進むとぞれがごく自然であるかのように背を向けて店の中をなんとなく眺めながらカウンターに寄り掛り店主に話しかけた。
「あら、お久ふりですねぇ、旦那。ここ数週間見かけませんでしたが仕事か何かで?
…これが今月のカタログですわ。熱風(ドライヤー)、魔鞄(マジックバック)、色替(カラーズ)、快歩、
清水などなど……魔法の説明は必要ですかい」
店主がカウンターの引出しから薄い冊子をカウンターの上に広げた。
「ああ長期的な仕事でね、やっと2日前に終わって帰ってきたところさ。
…知っているもの(まほう)ばかりだな。店主、新しい魔法は売られていないか?」
「そうですねぇ……確か1週間前に魔鞄の応用で鞄の中身の名前を呼ぶことで手を使わずに取り出せるようになった魔法がありましたねぇ」
「ふむ、いまいちだな。別件だが頼んでおいたものは届いているか?」
「ああ!届いていらっしゃいますよ。いやーびっくりしましたよ。まさか旦那が魔導士評議会議員と知り合いだなんて。はいこれです。確認してください」
店主が再びカウンダーから取り出したのは厳重に封をされた金属のケース。
これが何なのか興味がわく店主だが、何故か彼の感がその口を塞ぐように警告していた。
フードの男はそんな店主の好奇心を気付かない振りをしていた。
「なに、直接の繋がりはない。知り合いの知り合い程度だ。確かに受け取った。」
ケースを受け取り少なくないチップを渡すと店主が満面の笑みを浮かべた。
「何かここら辺で面白いことはなかったか?」
店主はホクホク顔ですらすらと答えた。
「そうですねぇ、隣町で被害を出していたデボン盗賊一家が一人の少年に壊滅させられたとか、そのまた隣町の教会が全焼していたり、下着1枚で歩いてる男性―まぁ十中八九変質者でしょうが―が目撃されたり、あと隣の港町で若い女性の失踪が相次いでいるとか…ああ!そういえばこの町に、何でもあらゆる炎の魔法を修めたという噂のサラマンダーって名前の魔導士が訪れているらしいですよ。普通じゃ売っていない炎の魔法をいくつも持っているっていう」
「ふむ、それは確かなのかね?」
「ええ、炎全ての魔法を修めた云々という話はあまり信憑性がありませんが、このハルジオンに彼がいるとい
うのは確実なようですよ。若い女性たちが何人もうわさしていました」
フードの男は少し考え込むとカウンターに寄り掛かっていた腰を起こして店の出口に向かいました。
「興味深い情報ありがとう。また贔屓にさせてもらうよ」
「ご来店ありがとうございました。またのご利用をお持ちしています」
男は肩越しにあいさつを交わすとそのまま振り向かず魔法店を出て行った。
◆
(あの少年も有名になったものだな。しかも全ての炎の魔法を修めし魔導士サラマンダー…か)
ハルジオンの町を歩きながらフードの男は心の中で呟くと彼の腹の虫が「く〜」と小さくなるのに苦笑した。
(何時でも私の体は正直なものだな。たしかこの大通りをまっすぐ行くと美味しいスイーツの店が――)
その時、一陣の風が彼のフードをさらい、数瞬だけ日の下に素顔がさらされた。
そこには中性的ながらも整った凛々しい顔、後ろで束ねた美しい黒髪、吸い込まれそうな漆黒の瞳。
男は素早くフードを被り直したため、その顔を見た人数はそう多くない。
しかし、足早に去っていく男の後ろ姿を熱に浮かされたように眺める人が数人いたが、ハッとして何もなかっ
たかのように町に溶け込んでいった。
そして、
「きゃー!!火竜(サラマンダー)様!こっち向いて〜!!」
そんな黄色い声が彼の耳に届いた。