小説『デスゲーム』
作者:有城秀吉()

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 わたしが話し終えると、しばらくの間部屋には沈黙が降りた。
 彼女はどうしてあんな風に怒ったのだろう。てっきりお気に入りを割ってしまったからだと思っていたのに。明確にそうではないと言われてしまった。
先ほどまで鋭い目でわたしを睨んでいた木苺は、手を握られたまま机に視線を落として動かない。
 普段のふてぶてしさからは想像もしなかった、あんな泣きそうな顔をしてまで、彼女はわたしに何を伝えたかったのだろうか。
 わたしが沈黙に堪りかねて洗浄機の蓋をパタンと下ろすと、
「きいはね、」
唐突に木苺の声が響いた。見下ろすと、彼女はまだ机の一点を見つめている。
「きいはこの街で一番の人気者なんだ」
 それはそうだろう。ここの住人の誰もが木苺をしたってこの街に来たのだから。
「いつも、きいの周りには誰かいるんだ。一人の時なんて無い。寝るときだって、子供たちと一緒なんだから」
 少し間を空け、やや目線を上げて続ける。
「でもね、きいはいつも一人なんだ。きいはあの子達の先生。いつまで経っても先生と教え子。師匠と弟子。見上げられてばっかり。支えられてるのに支えさせてくれない。なんかつまんない。……贅沢かな。でも、なんでか寂しいって思うことがあるんだ」
 なかなか似合わないことを言う。
 才能あるが故の孤独。あるいはアイドルが感じるような孤独だろうか。
彼女は(自嘲気味にだが)、自分のことを打ち明けてくれるようだ。
「だからお姉さんに怒ったのは八つ当たりでもあるんだ。お姉さんが羨ましかった。だってお姉さん、ずっと活き活きしてるんだもん。一人のくせに」
 拗ねたような口調でまた視線を落とす。
「それだけならまだいいけど、お姉さん、酷い運命背負ってた。そのくせ全然そうは見えなかった。ずっと楽しそう。皆に囲まれてるきいは寂しいのに。きいよりずっと酷いこと抱えてるのに、きいより楽しそうとか、意味わかんない。諦めたから楽しいの? きいも諦めればいいの?」
 木苺が遂にわたしを見上げ、目を合わせた。
「なんでそんなに強いの?」
 木苺がわたしの手を強く握った。その手を、もう一方の手で包み返す。
「人の環の中って、思ったよりも寂しいんだよね。皆こっちを向いているのに、ある程度以上近づいてくれない。あるいは近づけない。あなたが感じてる孤独は、きっと本当の孤独なんだと思う」
 仲間はずれにされている気分に近いのに、慕われている。そんな不自然な関係が人の心に不安を生むのは当然だ。
まして彼女は一四歳でこの世界に来た。ここでの年月を足せば二〇歳を越えたとはいえ、現実で二〇歳を迎えるのとはまるでわけが違う。
自由で純粋で、まるで理想郷のような世界で、揉まれず汚れなかった精神は、そうそう成長しない。
そんなほぼ一四歳の幼い精神が、不安に敏感でないわけがない。
「それでも、あなたは寂しがり続けないといけないと思う。この街を抱えているうちはね」
「でも、きいからこの街を失くしたら、何も残らないよ」
「だから、あなたは寂しくないといけないの。消えてしまわないように」
 残酷だが、彼女は自力で乗り切るしかない。
「でも、お姉さんは諦めたんでしょ? 消えちゃわないの?」
「まだ諦めてないよ。諦めきれるわけない。でもせっかくこんな世界なんだから」
「それでいいの?」
 うっすら涙目の木苺に、ふふんと胸を張る。
「人生楽しまないと」
 人間であることを忘れたとき、きっとわたしは『拡散』してしまう。でも『拡散』を防げるかもしれない探し物ばかりしていると、失望と絶望ばかり積み重なってゆく。それは人間性の損失というものに繋がる。
 わたしはそう考えている。
だからわたしは人間であることを人間らしく楽しむし、たまには足掻いてみる。
「お姉さんは、自分が人間であることがアイデンティティなんだね」
「人間離れしたことができると、人間だってこと忘れそうになるからね」
 きっとわたしだけじゃない。『馴染』みすぎて失うのは人間らしさだ。それが極まった時、精神が崩壊する。納得の行く理屈じゃないか。
しかもわたしにとってこの理屈は都合がいい。
ここにいるうちは、わたしが人間であることを確認できるのだから。
 木苺は柔らかく微笑み、手を離し、目も逸らして涙を拭き払った。
「でもやっぱりきいは寂しいよ」
 この腹黒女の内側に隠れていたのは、意外にも繊細な心だった。
 悩みは彼女の言う通り贅沢なものだが。
 でもわたしはそんな彼女にただ一言、
「人間だね」
 と笑ってやるのだ。

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