小説『デスゲーム』
作者:有城秀吉()

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ってもこの世界は死なせてくれない。拡散するには時間がいる。その時のきいはただ時間が過ぎるのを待つだけの無意味な存在だった。……でも、ある日たまたま、何を思ったのか人が群がって盛り上がってる賭場に足を踏み入れた時。そこで一番に目に映ったのがあのギルド戦を中継するモニターと、そこに映る、意味もわからないくらい早すぎる世界。何が起こっているのか全くわからないモニターを見て、観客たちは猛烈に盛り上がってた。わからないから聞いたんだ。これは何か、って」
 ピンクのワンピースがふわふわと柔らかな風に舞い、花たちはざわめく。
「そしたらそのおじさんが熱く模擬戦闘のこと語ってくれて。まあ、その時のきいの認識は速く飛んで戦うんだ、っていう感じだったんだけどね。……で、おじさんは最後に、このところ一番勝ってるのは信じられないことに『幻霧』っていう新参なんだよ、って教えてくれた。さすがのきいも、数年経ってこの世界の常識ぐらい知ってた。新参があのスピードで飛ぶなんて有り得ないってこと。それ以前に、きいはもう何年も思い悩んでるっていうのに、新参の人が人気スポーツのトッププレイヤーで大活躍してるなんてことに驚いた。そっちの方が信じられなかった」
 でも、と木苺が顔を上げた。
「その時、私(・)は『幻霧』に憧れた! どんな人なんだろうって。どんな気持ちなんだろうって。『幻霧』は私の希望になった。それから私はあなたを見に毎日賭場に足を運んだ。最初はよくわからなかったけど、おじさんたちの言ってた通り、モニター越しでも何が起こってるか段々わかるようになっていって。だから日を重ねるごとに感動は大きくなっていって、『幻霧』がどんどん好きになっていった。それに連れて私も毎日が楽しくなってきて、中央の展覧会で最優秀賞まで取った。その勢いで街を建てたら、たくさんの人が集まってきてくれた。それもこれも『幻夢』のおかげ。私はそう思って、模擬戦闘観戦に輪をかけて熱を上げた。……それなのに、あなたは闘技場から姿を消した」
 わたしの知らないトコロでわたしは誰かを救っていたようだ。
 木苺は拳にぎって話す。
「あなたはその後もしばらく試合には出てこなかった。すっかり顔なじみになった賭場の皆も心配していたけど、私は特段に。もう心配どころの騒ぎじゃなかった。私は『幻霧』なしでは、希望なしではやっていけない。私はあなたが出ていない試合でも毎日試合を見に行った! 今日も出ていないだろうなとは思いながらもわずかな希望を胸に一日も欠かさずに見に行った! でも全然来ない。私は私を救ってくれた『幻霧』に何もしてさしあげることが出来ない! 近づくことさえ出来ない! だからせめての思いで賭場に通い続けた」
 俯いた彼女の顔を涙がつたい、彼女の作った花の上に落ちて散る。
 その時の思いを思い出したのだろうか。
……わたしは救いもしたけど、心配もさせ、心労も負わせたらしい。
「『幻霧』が出ることを期待して行くけど、その期待はかなわない。それを繰り返すうちに、心配は、私の中で愛情に変わって、どんどんどんどん好きになって……。なんか、欲しいって思うようになった。私はあなたを手に入れたかった」
 涙を流して話す木苺だが、聞いているこちらは背筋が寒い。
「お姉さんが復帰した時、きいは嬉しくて仕方なかった。あなたが人を探してるって聞いて、それを建前に話しかけた時、無いはずの心臓が飛び出しそうだった。笑いかけてくれた時、死ぬかと思った。むしろ死んでもいいと思った。でもファンだって知られたら警戒されると思って、きいはそっけなくこの街に招待した。あっけなくオーケーしてくれたお姉さんの無防備さと素朴さに親近感が湧いて、そんなことを感じれたことに驚いて、もっとお姉さんが好きになった。そんなお姉さんを、なんとかして自分のものにしたかった。独占したかった」
わたしがティーカップを割ったのは、彼女がわたしをこの街に監禁するいい名目だったわけか。
「でも実際に手の届く距離にあなたがやってきた時、躊躇した。きいが『幻霧』に憧れたのは?籠?の鳥だったのに、それをものともしないほど自由だったから。きいが閉じ込めたきいの『幻霧』は、きいの『幻霧』じゃないんじゃないかって」
「でも、あなたはわたしを閉じ込めた」
 力なく頷く。
「ごめんなさい……。きいはダメな子です。お姉さんが欲しくて欲しくてたまらなかった。でも、いざ閉じ込めたら、なんてことをしたんだろうって……。お姉さんに時間が無いのはわかってた。その時間を独占したかった。でもそんなことしてもお姉さんはきいを見てくれない。それどころか恨むかもしれない。それは怖い、イヤだ。それに、お姉さんに永く生きててほしいっていう思いも混ざって、なんでお姉さんはここにいるの、って、八つ当たりして……、もう自分でもよくわからなくなって……」
 木苺は顔を上げ、涙を流しながら諦めたような顔で後退しだした。
「ごめんなさい、お姉さん……」
 遠ざかっていく木苺の意図は不明だ。ただ、彼女が決して小さくない覚悟のもと、その告白をしたというのは伝わった。
 なので。
「わたしの可愛い木苺ちゃん」
 木苺の後ろ(・・)から彼女の肩を抱く。
「えっ!?」
 抵抗される前に後ろ向きのままやんわりと抱いていたのを、きゅっとする。

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