小説『デスゲーム』
作者:有城秀吉()

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「『法の街』」
「は?」
「この街の名称です」
 連れて行かれた真面目そうな館の一室、装飾といえば壁に掛かった時計くらいしかなく窓もない、黒一色の殺風景な部屋で最初に聞かされたのは街の名前だった。
「詳しい用件を聞きましょう。コトによっては街の滞在を許可します」
 自分ひとり黒のオフィスチェアに座り、上から目線にでものを言う彼女には釈然としないものがあるが、堪える。
「さっきも言った通り、人探しです」
「どんな人ですか? 該当しそうな人間をこちらで選びましょう」
「知りません」
「知らない人を探しているのですか」
「ええ。研究者だという以外に、わたしは彼のことを何も知りません。名前も、顔も」
「……」
睨まれる。本気で探しているのかと思われても仕方ないが、しかし全て本当だ。
「では、探している理由を」
 彼女の質問はお役所仕事のようで堅苦しい。
「あまり話したくないです。個人的なことなので」
 彼女の顔にやや呆れが見えた。
「そうですか。仮に街に残った場合、どうやって探すつもりです? まさか全員に話を聞くつもりですか?」
「はい。それしかないので」
「却下です。お引き取りください」
 食い気味に突っぱねられた。
手厳しい。
「却下の理由、教えてもらえます?」
「規則ですので」
「規則?」
 こんなに自由な世界で、規則?
 あまりの意外さについ驚いた。
「言ったでしょう。ここは『法の街』です。法が絶対の世界なんです」
「法? なんでそんなの、誰が何のために作ったんですか?」
「……」
 黙秘、ということらしい。
 確かに彼女が答える必要は無いが。
「じゃあ、どういう決まりのおかげでわたしは締め出されるんですか? これは聞かないと納得出来ません」
「街の人間が外部の人間と接触する場合、特別な申請をする必要があります。しかしその許可が下りても接触の範囲には制限があります。それを破った場合、厳罰に処されます。あなたの滞在を許可した場合、あなたは街の全員と接触しかねない。申請受理および許可にも時間を要しますから、住人は許可が降りるまでの間、精神的な害を被ります。具体的に言うと、あなたに話しかけられる恐怖に怯えながら生活しなければならなくなります。よってあなたの滞在を許可することは出来ません」
「怖がる人は外には出てこないんじゃないですか?」
「いえ、来客に対して無礼であることもこの街では禁じられています。もしあなたが怖がられた、逃げられたということがあれば、その法に触れてしまいます。彼らは来客に怯えながらも、それをひた隠して生活するしかないんです」
「そんな。……あ、じゃあさっきあなたが言った罰する人って」
「あなたが話しかけた彼です。いま言った二つと、隠蔽の疑いで罪に問われます」
「隠蔽?」
「彼はあなたに話しかけられたことを隠そうとその場から立ち去りました。罪は重くなります」
 彼はわたしが話しかけたことで罪人となり、罪の隠蔽を図った、という疑いをかけられ処罰されるらしい。
「待って、じゃああの場から逃げ出した他の人達は全員罪に問われるの?」
「それは、こちらが感知しておりませんので」
「あなた、あの場にいたんじゃないの?」
 その無責任さに言葉が荒くなる。
「……現実的に考えてください。あの人数を罰するのは骨を折ります」
「見て見ぬフリですか」
「法なんて、そんなものです」
 なんだそれは。わたしが話しかけた彼は人柱か。
「それ、間違ってませんか」
「間違っています」
 なんとも認めたものだ。開き直ったとも言うが。
「法とは、秩序を守るためのものですから、法治地域において間違いの結果秩序が保たれれば、それは正しいことになりますので」
 間違いが、正しい? 思いがけず黒い話になってきた気がする。その内「お前は知りすぎた」とか言って襲われるんじゃなかろうか。
「本気で言ってるんですか」
「半分は」
「もう半分は建前ですか」
「今のを建前と言えるなら、そうですね」
「じゃあ、あなたの本音は?」
「私情についての質問に答える必要はありません」
 必要なことだけ言って、マニュアル外の質問はシャットアウト。
ザ・お役所仕事。
「以上で説明は終わりです」
 その冷たい言葉は帰れと言っているのと同義で、相手の気分を損ねるのには十分すぎる。彼女こそ法とやらに抵触していると思うのだが、指導者は例外なのだろう。そうでなければ今こうしてわたしと接触していないはずだ。
 どうすればこの堅物女を説得できるかと思い悩んでいると、蹴破るような勢いで黒いドアが開かれた。
「法野さん!」
 入るなり焦った様子で堅物女を見て名前らしいものを叫んだ男性はしかし、わたしと目が合って勢いを急速に失い青ざめた。
「報告があるなら速やかに言いなさい。偶発性の高い接触に関しては処罰の対象外に指定するから安心して」
 法野と呼ばれた彼女は顔面蒼白の男に意外にも優しい笑顔を振りまいた。
 すると男性は胸を撫で下ろし、少し早口に喋りだした。
「先ほど処罰の対象になった男の件ですが、」
 おそらくわたしが話しかけたしまった人のことだろう。
「罰を恐れ、逃走しました。現在行方を捜索中です」
「バカなことを……。刑が重くなるだけなのに」
「どうしますか」
「どうもこうも、彼は法を犯しすぎた。残念だけど……極刑はほぼ確定」
 物騒な言葉を吐いた彼女は落ち込んだ様子だったが、すぐに男を見据えた。
「捜索を続けなさい。できる限り目撃者を抑えて。極刑は避けたい」
「えっ、しかし──」
「いいから。もう立ち去りなさい」
「は、はい」
 凄まれた男はビクッと体を震わせ、足早に立ち去っていった。
 しかし今の会話は……。
「あの、今のって……」
 彼女もわたしの思考に気づいたようで、しまったという顔をした。
 そして──
「あなたを監禁します」
 わたしの中の印象は、失礼な街から、物騒な街に変わった。

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