小説『デスゲーム』
作者:有城秀吉()

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でもある日、彼女は一見立ち直った様子で無表情に尋ねてきた。『誰が悪かったのか』ってな。俺は誰も悪くないって答えた。だって俺らは必死になって探していたし、捜索を手伝わなかった住人たちを責めるのだって筋違いだ。そしたら法野は首を振った。『私が全ての原因だった』って言ってな。彼女は、俺と同じように誰も責められなかったんだと思う。一方で自分の怒りと失望の向け先が欲しかった。思い悩むうちに、法野は自分を責め始めたんだ。彼女はルールを作らなかったことを激しく後悔していたらしい。それから人が変わったように笑わなくなって、次々とルールを作り始めた。住人たちは珍しく喜んでたよ。ちょっとしたお祭り騒ぎだ。拡散した数人は英雄のような扱いを受けてた始末だ。そのうち法野の下にはルール作りの依頼が舞い込むようになって、彼女はそれを手早く解決していった。街の秩序は整って行って、結果を見て俺も歓迎していた。ルールの数がある所まで増えた時、法野はルールを一まとめにした書物を住人たちに配った。その題は『法』。住人たちの要望に答えたルールを下に憲法書をまとめたんだ。そこにはルールを犯した者への罰も書いてあった。ルールが法に変わった瞬間だよ。俺はそこで初めて、明らかな違和感を感じた。もっと早く気づくべきだったが、法野はその頃既に変わってしまってたんだ。
……その後も法は増え続け、第二版、第三版、第四版が出た。今も法野の手によって法は増え続けていて、時期的にそろそろ第五版も出るんじゃないかって噂だ。先に言った通り、アイツの法はある意味究極の民主主義みたいに見えるが、住人たちは最初から法が欲しかったというよりは何でもいいから生き方の基準が欲しかった。そんな、何が良いのかも分かっていなかった連中の要望・相談を受けて作った法がまともなものになるわけがない。法はしだいに多くの矛盾を孕んだものになっていった。その矛盾を解決するための法が新たな矛盾をう生み出して、法はどんどん歪なものになる。だがこの街の住人にとって法は生活マニュアルみたいなものだから、それを指摘する者はいないし、そもそも法を絶対なものだとする法もあって、矛盾の指摘自体が違法だ。住人たちは自らが必要とする法に怯えながら暮らしている。法野もそれをわかってるはずだが、彼女の立場と役目はもはや法に匹敵する住人の支えだ。自分ではどうすることも出来ない問題に彼女は苦しんでいる。そして多分、いや間違いなく、また失望やら絶望やらに苛まれているんだと思う。アイツが善かれと思ってやったことが今も昔も全て、アイツの大好きな住人たちを苦しませてるんだからな。
……こんなこと、俺の妄想かもしれねえ。でも、もし本当に法野が苦しんでいるなら、俺は法野を助けたい。変わってしまったまま変われないアイツを解放してやりたい。前みたいに楽しい日々を過ごさせてやりたいし、過ごしたい。
だが、俺は法野に接触できない。たまに見かけた時声をかけようとするんだが、アイツはその度に何故か逃げていく。俺はアイツが望んでることをアイツにしてやりたい。俺はアイツの真意が知りたいんだ。助けて欲しいと思っているのか、それとも現状に満足しているのか。もし後者なら、俺は法野を諦めて街から出て行くつもりだ。だけど話も出来ないんじゃあ何もわからない。姉ちゃんアイツと話したんだろ? 頼む教えてくれ。法野はなんて言ってたんだ」
 奥野と名乗った少年が、強くわたしの目を見据えた。
 そらす。
 なるほど彼の法野に対する気持ちは本当のようだ。に住人たちに言いふらして状況を悪くするようなことはしないだろう。
 だがしかし、つまるところ彼は、明確な根拠は無いけどこの街の独裁者たる法野律子が苦しんでいるようで、可哀想に思えるから助けたい、と考えているのだ。
 なんだそれは。

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