もしこの世に神様がいるのなら、俺はその神様を信じることは絶対にない。
なぜなら、将来を嘱望されてきた高校球児の肩を、いとも簡単にぶっ壊してしまったからだ。
もちろん、神様だけが悪かったとは思わない。俺もかなり無茶なトレーニングをし続けてきた。だけど、まさか軽くキャッチボールをしただけで再起不能になるなんて、誰が想像できただろうか?
野球推薦で高校に通ってた俺を待っていたのは、高校からの退学通知。
まぁ、当然と言えば当然だろう。野球もできなくなって、成績も良い訳じゃない生徒を残しておく理由なんてどこにもないからな。
幸運だったのは、退学と言っても今までの学校にいられなくなるだけで、他の高校に転校できるようにはしてくれたことだ。
おかげで、俺は浪人せずに5月の半ばから鈴姫(すずひめ)高校の二年生として転校することができた。
今日は転校初日で、今俺は教室の前で呼ばれるのを今か今かと待っているところだ。
担任にここまで連れてこられて、すぐ呼ぶから待ってろと言われてから3分くらい。俺の心臓はすごい勢いでバクバク鳴っている。
俺は転校なんていままでしたこと無いし、人前で喋るのも得意じゃない。
それに、この学校は元々女子校だから女子の割合が多いらしいから、もし自己紹介で失敗したらクラスに馴染むことは絶望的。そんな悲惨な結果を避けるべく、俺は昨日から話す内容を必死に考えてきたんだ。
念のため、頭の中で復唱しておこう。えっと、初めまして、竜虎学園から転校し……
「おい、緒方(おがた)。入れ」
「うわぁ!?」
ちょうど復唱し始めたところで教室のドアが開き、担任の海ノ島(うみのしま)恭平(きょうへい)が俺の名前を呼ぶ。
あまりにも突然だったせいで、思わず叫んでしまったじゃないか。
「ほら、驚いてないで早くしろ」
海ノ島先生はめんどくさそうに俺の腕を掴むと、グイっと引っ張って教室の中に引き込む。
体制を崩して転びそうになった俺は、慌てて床に手を付いたが、時すでに遅し。転ばないことにはなんとか成功したがそのまま勢い余って教卓に頭から激突した。
「っ!?」
ドカンッ! という鈍い音のすぐ後に、これまた鈍い痛みが頭を襲ってくる。
そして、数秒の沈黙の後、教室は爆笑の渦に巻き込まれた。
「やっべ、こんなの初めて見た」
「ちょっと、先生! 強く引っ張りすぎですよ」
「あー、悪かったな。ほれ、立てるか」
正直このまま走って逃げ出したかったけど、本当に逃げ出すわけにはいかない。
先生が手を差し出してくれたので、掴まって立ちあがらせてもらう。
「よし、たんこぶはできてねぇな。早く自己紹介しろよ。時間が詰まってんだ」
軽く俺の頭を触った先生はそう言うと、黒板に向かって字を書きだした。多分、俺の名前を書く気なんだろう。
誰のせいで時間が詰まってるか突っ込みたかったが、この先生には何を言っても意味はなさそうだ。
軽く深呼吸をして、自己紹介を始める。
「初めまして、竜虎学園から転校して来ました、緒方(おがた)義之(よしゆき)です。これからよろしくお願いします」
よし、噛まずに言えた。
頭を下げながら、心の中でガッツポーズをする。これで、最初の失態は取り消せたはずだ。
拍手が止んだところで頭を上げて、先生からの指示を待つ。
「席は……そうだな。新島(にいじま)の隣が開いてるな。ほら、あの一番後ろの席だ」
先生の言うとおり、一番後ろにいる女子の隣が開いているのだが、なぜだか男子達がざわめきだす。
「うわっ、新島かよ。あいつかわいそうだなぁ」
「おい、誰か代わってやれよ」
「やだよ。殺されちゃう」
「いや、死にゃしねぇだろ。入院するだけだ」
聞こえてくる限り、かなりヤバそうな人なんだけど、大丈夫なのか? 殺されるとか、入院するとか、冗談だよな?
ここから見る限り、とてもそうは思えないけど……。もしかして、ヤクザの娘だったりするのかも。
新島さんの隣に行くのをためらっていると、先生がコソッと耳打ちをしてくる。
「今の聞こえただろ? お前さ、あいつを救ってやってくれね?」
「……え?」
おい、この人、突然何を言い出すんだ? それって、転校生の、しかも異性がやることじゃないでしょ。
「じゃ、頼んだぞ」
それだけ言うと、先生はポンと俺の背中を叩いて離れて行った。
俺は一度深呼吸をして、ゆっくりと指定された席へと歩く。
近づけば近づくほど、新島さんがヤバイ人には思えなかった。ちょっと近寄りがたい雰囲気があるけど、どう見ても普通の女の子だ。
「お、おはよう。よろしくね」
「……」
恐る恐る声をかけると、新島さんはチラッとこっちを見てから、無言で視線を元に戻した。
どうやら、コミュニケーションが苦手な人らしい。