小説『ファミリー』
作者:zebiaps(ZEBIAPS小説)

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「ブチッ」という音がした。
そして、顔に雨・・・いや、温かい。・・・涙だ。涙が降ってきた。
聖弥は目を開けた。
「うわーーーん」と泣く、美奈の姿がそこにあった。
包丁はベッドのシーツに刺さっている。
「殺したくない・・・本当は死んでほしくない・・・」
美奈はシーツに顔をうずめた。
「ねえ、聖弥?」
「何だい?」
「私、いつからこんなに気がおかしくなっちゃったの?」
「・・・分からない」
「もう、こんな私やだよ!!」
美奈の泣き声が更に大きくなった。
聖弥は、そんな美奈に声をかけた。
「俺は、今の美奈が好きだよ」
「え??」
美奈は顔を上げた。
「だって、今自分に素直になってるだろ?」
「・・・うん」
「俺は、そんな美奈が好きだよ。いつもの優しい美奈も好きだ。笑ってる美奈も好きだ。たとえ、それが演技だったとしても、俺はそんな美奈が好きだよ」
「だって、私聖弥を刺したんだよ? 友達を裏切ったんだよ?」
「分かってる。それでもだ」
美奈は少し驚いた顔を見せると「ありがとう」と微笑んだ。
「私、あなたがずっとあの男のようになるって思っていたから、憎んでいたけど、心のどこかで聖弥を頼りにしてた。・・・あの時、私が聖弥のお腹を刺してしまった時も、止めを刺そうと心臓を最後に狙ったけど、出来なかった。そういう気持ちがあったからなんだよね・・・」
「あの男がどんな男か分からないけど、俺は、俺だ。聖弥だ。他の誰でもない。友達を頼るのは当たり前だし、頼られたら助けるのも当たり前だ。俺は、ただ当たり前のことをしただけなんだよ」
「そうだよね。私、世の中には最低な人間しかいないんだって、ずっと思ってたから、それが基準になってたかもしれない。・・・人を信じられない時って、本当に寂しかったよ」
「ああ。・・・俺も寂しかったさ。美奈、愛里、翔大の三人が友達になるまでは。・・・ずっと家族に辛い思いをさせられて、ずっと苦しんで、絶望の淵に立たされた時に、三人が俺を包んでくれたんだ。温かい光で」
「私ももっともっと前に、その光に気づければ良かったんだよね。・・・もう取り返しがつかないけど」
「つくさ。俺はもう、美奈がいつもの優しい美奈に戻ったことを知ってる。美奈が皆に謝ってくれればそれでいいと思ってる。俺がどんなに痛い思いをしようが、美奈の心が戻るならそれで構わない」
「ありがとう。本当にありがとう!」
美奈の涙はいつしか違う種類の涙に変わっていた。
「美奈、俺が美奈や他の二人を頼ったように、美奈も俺たちのことを頼っていいんだからな?」
「うん! 聖弥大好き!!」
美奈はいきなり聖弥に抱きついてきた。
「うわ!! よせって! 照れるじゃないか! ・・・ま、いっか」
美奈は聖弥の胸に顔をうずめ、何度も「ありがとう」と言った。
そして、美奈は聖弥から離れた。
「私、もう行くね」
「え・・・もう少し居てもいいんじゃないか?」
「だって、私が聖弥を刺しちゃったことは変わりないもん。・・・ほら、来たよ」
聖弥はドアの方を見た。
小林が「大沢美奈、動くな!」と言ってこちらに向かって走ってきた。
そして、美奈に手錠をかけた。
「十五時三十七分、大沢美奈を殺人未遂の容疑で逮捕する」
美奈は一度、自分の手にかけられた手錠を見た後、再び聖弥の方を見た。
「・・・じゃーね! 聖弥! 本当にありがとう!!」
「美奈・・・」
「また会おうね!」
「ああ! いつまでも待ってるからな!!」
美奈は満面の笑みを見せると、聖弥に背を向けた。
そして、小林達に連れていかれた。

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