小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>


 草原を駆ける。すぐ前には鬱蒼とした森があった。馬の声は木立の奥から聞こえてくる。
 腰まである雑草をかき分けながらヘンリーが舌打ちした。
「ちっ! 何て所を通っているんだよ、あの馬は!」
「見えた!」
 アランが速度を上げる。草むらを抜けると、そこは小さな川となっていた。川辺には、見るも眩い純白の体をした大きな馬がしきりに首を振っていた。興奮しているようだ。
 その足元に、青い影が何匹かすがりついている。スライムの群れだ。足を噛まれ、その痛みに馬が暴れているのだとわかった。
「あいつがパトリシア、だよな。確かにでかい……」
「暢気なことを言ってる場合じゃないよ。助けるんだ」
 ヘンリーの制止も聞かずアランはパトリシアに駆け寄る。見知らぬ人間に驚いたのか、彼はついに全身を使って暴れ始めた。横腹に手を当て必死になだめようとするが、馬の扱いなど知らないアランでは上手くいかない。油断すれば、後ろ脚で蹴り飛ばされそうな勢いだった。
 アランは怯まなかった。
「パトリシア! 静まるんだ!」
 瞳を見据えながら大声で叫ぶ。すると一瞬、馬体の動きが止まった。
 この隙に、アランは脚に食らいついているスライムたちを残らず引き剥がした。ころころと地面を転がった彼らはすぐさま一箇所に集まり、威嚇するようにアランに向かって歯を剥いた。それを見たパトリシアが再び鼻息を荒くする。
「やめろ。もう君を傷つけるものはない。あとは僕に任せて、君は下がるんだ」
 回復呪文を施しながら、まるで人間に対するように言い聞かせる。ぶるるる、とパトリシアは不服そうに首を振った。前脚でしきりに地面を掻いている。
「ヘンリー、彼を頼む。興奮しているみたいだ。とにかくスライムたちから引き離さないと」
「手綱もない暴れ大馬だってのに、お前容赦ねえよな……わかった。任せろ」
 多少の知識があるヘンリーがパトリシアの首筋を叩きながら後ろへ下がらせる。傷の痛みが引いて若干落ち着いたのか、ちらちらとこちらを伺いながらもパトリシアは大人しくヘンリーの誘導に従っていた。
 アランはスライムたちに向き直る。すると彼らはいっそう歯を剥き出しにして、身を寄せ合った。アランにはそれが、怯えの裏返しのように見えた。
「……お行き。僕は君たちに危害は加えない」
 できるだけ穏やかに言う。スライムたちの目を見つめ、その場でじっと待つ。襲いかかってこないと悟ったのか、やがてスライムたちは普段の表情を取り戻していき、一匹、また一匹と森の奥へと去っていった。
 だが一匹だけ、いつまで経ってもアランから目を離そうとしないスライムがいた。彼は高く声を上げると、いきなりアランに向かって体当たりを仕掛けてきた。
 反射的に構えを取りかけたアランは、意志の力で無理矢理脱力の姿勢を取った。そのままスライムの攻撃を肩に受ける。思った以上に軽い衝撃に、アランは内心で驚く。
 初めてスライムの攻撃を受けたときは、あんなに痛かったのに――
 十年という月日は、彼の体を年相応以上に鍛え上げ、それ自体を強い鎧へと変化させていたのである。
 なおも戦闘意欲を失わないスライムに、アランは今度こそ拳を握った。
「僕の名はアラン。君が全力でぶつかってくるというのなら、僕もそれに応えよう」
 自然と言葉が口をついて出ていた。
 応じるようにスライムが鳴く。この瞬間、アランはおぼろげに感じた。
 このスライムには、心底からの殺気がない――
 足元目がけて飛び込んでくるスライムに、アランは精神を集中した。右手に呪文の力が溢れたことを確認し、一気に解放する。
「――、バギ!」
 地面を抉る風の呪文。風刃は過たずスライムを直撃し、その体を真っ二つに切り裂いた。呪文の余波が、ざあっ、と木立を揺する。
 これまで幾度も見てきたように、スライムの体は燐光を放ちながら霧散していった。大きく息を吐き、アランは瞑目する。
 ――が、その直後。
 空気中に散った光が再び集束し、倒したはずのスライムの形を作ったのだ。初めての経験にアランは息を呑んだ。やがて完全に姿形を取り戻したスライムは、じっとアランの目を見つめてきた。
 もはやその瞳に邪気はおろか殺気も感じられない。
 まさかこれが、モンスター爺さんの言っていた……魔物の改心?
「……もし、君が僕と一緒に来るのなら」
 自分でも不思議に思いながらも、言葉は自然に溢れ出てくる。
「もしかしたら、君の仲間とも戦わなきゃいけなくなるかもしれない。それでも……来るかい?」
「キュピ」
 返事をするような、短い鳴き声。アランは微笑み、スライムはその場でぴょんぴょんと跳ねた。だがすぐにまた、じぃっとアランを見つめてくる。
「そっか。君の新しい名前を決めないとね」
「キュプ」
 意思疎通ができる。アランはそのことに小さな感動を覚えながら、じっと天を見つめた。すぐに頭をある単語がよぎる。
「スラリン、なんてのはどうかな」
「キュ」
 再びその場を飛び跳ねるスライム。スラリンと名付けられた彼は、今度こそまっすぐにアランに駆け寄ってきた。そして器用に彼の体を登ると、その肩の上に収まる。ひんやりとした体が心地良かった。
 スラリンを前にしたときの直感。
 自然と口にできた誘いの言葉。
 天啓のように即座に浮かんだスラリンの名前。
 まるでずっと前から訓練してきたかのように、それらのことを無意識の内に、かつ自然に成し遂げられたことに、アランは新鮮な驚きを覚えた。
「これが、僕の力」
 ふと、思い出す。幼い頃、あのサンタローズの洞窟で出会ったスライムのこと。いつか彼のような友達を持ちたいと思っていたこと。
 アランはスラリンを撫でながら、優しく言った。
「よろしくね、スラリン」
「キュピ」
 まだ人の言葉が喋れないらしいスライムは、そう言って元気良く飛び跳ねた。

-105-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える




アルティメット ヒッツ ドラゴンクエストV 天空の花嫁
新品 \2200
中古 \2000
(参考価格:\2940)