小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 岩部屋の中は真っ暗だった。入り口に立てかけてあった松明に炎を移す。十年の時を経て再び灯りを取り戻した松明は、ゆっくりと室内を照らし出していく。
 そこは質素な書斎といった趣だった。
 壁際には木組みの本棚が置かれ、中央には藁葺きのゴザと、机、椅子が据えられている。すでにインクが空になった瓶には羽ペンが立てかけられていた。
 ――幻を見る。
 椅子の上に背筋を伸ばして腰掛け、何かを熱心にしたためている、今は亡き父の姿をした幻を。
「アラン?」
 肩に乗ったスラリンが声をかける。我に返ったアランは、自分が目に涙を浮かべていることに気づき、苦笑しながら目元を拭う。その背をヘンリーがぽんと叩いた。
 身軽な仕草で机の上に飛び乗ったメタリンがアランを呼ぶ。
「ねえ、机の上に何かあるわよ。綺麗な箱みたい」
 彼女の言う通り、机の真ん中には細長い銀色の箱が置かれていた。赤い紐で周囲をくくられているが、その結び方はとても独特で複雑だった。
「これは……文箱だな。文書を入れて持ち運ぶためのものだけど、この結び方……お偉いさんが重要な文書を保管するときに使うものだぜ」
「お偉いさん?」
「王族か、さもなくば高位の貴族とか。俺もさんざん覚えさせられたんだよ。うーむ。雰囲気が只者じゃないと思ってたが、この結び方を知ってる辺り、やはりパパス殿は高貴な方だったんだな」
「そうだったんだ……」
「何をぼけっとしてんだよ。早く開けて見ろよ」
「そう、だね……でも紐の解き方がわからない」
「俺が教えてやる。だけど、開けるのはお前がするんだぞ。ここはパパス殿が遺した場所だ。お前が封を解いてこそ、意味がある。そうだろ?」
 ヘンリーの言葉に頷き、アランは文箱の紐を解き始めた。一作業一作業進むごとに、胸の中に不思議な切なさと高揚感が押し寄せてくる。動かす指先が微かに震えた。
 ついに、紐を解き終わる。いぶし銀の如き深い色合いの蓋をゆっくりと引き上げる。はらりと細かな砂埃が舞った。
「手紙だ」
 綺麗に折りたたまれたその紙を手に取る。風化して変色していたが、紛れもない父の字で丁寧にしたためられていた。
 アランは手紙を読んだ。

”我が最愛の子 アラン
 お前がこの手紙を読んでいるということは、何らかの理由で私はもうお前のそばにいないのだろう。
 すでに知っているかもしれんが、私は妻のマーサを捜すため旅をしている。幼いお前を辛い旅路に付き合わせてしまったのは、本当に申し訳なく思っている。だが、許せ。マーサは邪悪な手によって魔界へと攫われてしまったのだ。
 何としても、助け出さねばならぬ。
 私はその決意ゆえに、お前を連れ旅に出たのだ。
 私の妻、お前の母にはとても不思議な力があった。私にはよく分からぬが、その力は魔界にも通じるものらしい。おそらく妻は、その能力ゆえに魔界に連れ去られたのであろう。
 よいか、アラン。これから私が告げることをよく胸に刻み込むのだ。
 マーサを、お前の母を助け出すために必ずなさねばならぬことがある。それは邪悪を滅し、魔界に光をもたらすお方――すなわち、伝説の勇者を捜すことだ。
 私の調べたかぎり、魔界へと入り邪悪な手から妻を取り戻すことができるのは、天空の武器と防具を身につけた勇者殿だけだ。
 私は世界中を旅して、天空の剣を見つけることができた。
 しかしいまだ、伝説の勇者は見つからぬ……。
 アランよ。残りの防具を探し出せ。天空の装備はいずれも特別な力で守られており、勇者殿しか手にすることができぬ。私も試してみたが装備することは叶わなかった。だが逆に言えば、この剣を扱える者こそ選ばれし勇者。天空の武器防具を揃えれば、必ずや勇者殿と接触できるはずだ。
 お前は勇者殿の供として魔界へ行き、そして我が妻、お前の母マーサを助け出すのだ。
 父としてお前に多くを残せなかったのは痛恨の極み、その上重い使命を背負わせてしまう不甲斐ない父をどうか許して欲しい。
 だが、お前ならきっと成し遂げられると私は信じている。
 天空の剣と私の悲願、全て、お前に託す。
 頼んだぞ。アラン。
 我が息子よ。

パパス”

「父さん……」
 アランは手紙を握りしめ、額に強く当てた。まるでそこからパパスの心を感じ取ろうとするかのように。
 ――泣くわけにはいかなかった。これは父の遺言、そして受け継ぐべき強い意志の言葉だ。最期の瞬間、パパスが告げた言葉の真意がここに綴られているのだ。
 大きく深呼吸をして、アランは顔を上げた。彼自身は気づかなかったが、その凛々しく、遙か先を見通すような横顔は、まさに生前のパパスを彷彿とさせるものであった。
「頭。奥に、何かある」
 ブラウンが岩部屋の壁際に立っていた。よく見ると壁には簾(すだれ)が掛けられ、その奥にある小部屋を隔てていた。
 松明を手に、簾をめくる。薄い橙色の輝きに照らされて、そこにある剣が静かに姿を見せた。
 静謐な美を感じさせる真っ直ぐな刀身。鍔から柄にかけて竜の彫刻が施され、まるでその竜が刃に絡みついて守っているような印象を受けた。
 ――一目でわかる。これぞ『天空の剣』。選ばれし勇者のみが手にすることを許される聖剣なのだと。
 アランを始め、みな声もなく立ち尽くす。岩を穿っただけの無骨な空間にありながら、その剣の存在感に人間、魔物問わず呑み込まれていた。
 意を決し、アランは天空の剣に近づく。ゆっくりと手を差し出し、その柄を握った。力を込め、引き抜く。
 ぴぃぃぃ……ぃぃん、と澄んだ音が長い余韻を残して、剣は地面から抜けた。唾を飲み込み、両手で握る。その途端、全身が凄まじく重くなった。まるで鉛を飲まされたように動けない。素振りすらできなかった。
「アラン!? 大丈夫か!?」
「ああ……。やっぱりこの剣は、僕には扱えないみたいだ」
「お前でも、か……何か特別な資質が必要なんだろうな。ちょっと見せてくれ」
 ヘンリーが手を伸ばしたそのとき。突如小さな閃光が走り、ヘンリーの手を弾いた。短く悲鳴を上げてヘンリーが後退る。
「ヘンリー!?」
「お、おう。大丈夫だ。別に痛みはねえ。けど、俺には握らせもしないとなると、まるで意志を持っているみたいだな。アラン、そいつはお前が持ってろ」
「え?」
「天空の剣はお前を遣い手には選ばなかったが、勇者に託すまでの持ち主として選んだってことだろ。パパス殿が遺した大切なものだし、お前が持つべきだよ」
「……わかった」
 もとより、そのつもりだった。アランは予備の布切れと荒紐を取り出し、刃の部分を覆って即席の鞘とした。そして万感の思いを胸に秘め、天空の剣を身につけた。
「父さん。見てて下さい。僕はあなたの意志を継ぎ、必ず母を助けると誓います。そう、必ず……!」

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