小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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「何だ……?」
 先頭を歩いていたアランは目を細めた。ようやく見えてきた巨大な街の様子が、どこかおかしいことに気づいたからだ。
 ラインハットの大きさは幼少の頃の記憶とさして違わない。だが周辺に漂う空気は淀み、遙か遠くの王城に至っては霞にかかったようにぼんやりとしか見えない。まるで巨大な火事にでも見舞われた後のようだった。
「アラン、急ぐぞ。胸騒ぎがする」
 ラインハットに近づくにつれ口数が減っていたヘンリーは、今日もひどく真剣な表情をしていた。
 馬車の周辺ではアランとヘンリーだけでなく、ブラウン、スラリン、メタリン、ドラきちといった仲間モンスターも総出で警戒に当たっている。十年が経ち、この辺りのモンスターの姿も様変わりしていて、より強い力を持った者が多く出没するようになっていたのだ。
 今もまた、先を急ごうと歩みを早めた途端にモンスターの群れに遭遇する。
 黄金色の小さな竜、『ドラゴンキッズ』。
 丸い体に無数の棘が生えた『ダンスニードル』。
 真っ白な体毛と大きな舌が目を引く『イエティ』。
「出やがった。こっちは急いでいるってのに! 邪魔すんな!」
 ヘンリーが怒声を上げ、くさりがまを構える。アランもまたチェーンクロスを構え、ふとモンスターたちが何かを持っていることに気がついた。
 小さな麻袋だ。彼らは威嚇の声を上げながらも、その麻袋を手放そうとはしない。
 あれは、どこかで――
「ちょっとアラン! 何ぼけっとしてるの!? くるわ!」
 メタリンの声で我に返る。
 先制攻撃とばかり、ドラゴンキッズが口から火を吐いた。前衛にいたアランとヘンリー、そしてブラウンに容赦なく襲いかかる。次いでダンスニードルが、自身の棘を利用して回転しながら体当たりをしてきた。
 顔面を防御して火の息をやりすごしたヘンリーが、ダンスニードルの体当たりを受ける。
「ヘンリー!」
「心配すんな! かすり傷だ!」
 すぐに起き上がる親友を見て、アランも覚悟を決めた。
「ブラウン、メタリン! 一気に攻めろ! スラリン、ドラきち! 君たちは皆の補助に回れ! みんな、頑張るんだ!」
 号令をかけると同時に駆け出す。疾風のごとき勢いのまま、チェーンクロスを振った。鉄鞭の穂先がイエティを打ち据える。くぐもった声を出して巨体が後退った隙に、さらにヘンリーが追い打ちをかけた。
「だあああっ!」
 飛び上がって大上段にくさりがまを振り下ろそうしたとき、横合いからドラゴンキッズの体当たりを受ける。絶妙な身のこなしで直撃は避けたものの、体勢を崩して背中から地面に落ちた。すぐにアランが駆け寄り回復呪文を施す。
 その間、メタリンとブラウンが突撃を仕掛けていた。
「これでも食らいなさい!」
 気勢を上げ、メラの呪文を唱えるメタリン。しかしドラゴンキッズの金色の体はメラの火ではびくともしなかった。
「そっちじゃない」
 声に微かな苛立ちを含ませて、ブラウンが苦言を言った。彼女はちょこまかと動き回るダンスニードルに行く手を阻まれている。
 スラリンが後方から声を上げた。
「みんな、がんばれ!」
「あんたも少しは戦いなさい!」
「でもアランがほじょに回れって!」
「呪文ぐらいかけたらどうなのよ!」
「キキィ!」
 スラリン、ドラきちに向かってメタリンが吼える。その隙に、モンスターの群れは一斉に攻撃をしかけてきた。
 ヘンリーが額の汗を勢い良く拭う。
「ブラウン、下がれ! まとめて決める!」
 素早く呪文の詠唱。掌に集まった力をモンスターたちの頭上に放つ。途端、炸裂した光が爆風を伴って彼らを包んだ。
 爆発呪文イオ。
 か細い悲鳴が煙の中から漏れ聞こえてくる。
 爆風に煽られ、煙を帯びた麻袋がアランの足元まで飛んできた。手に取り、中を確認した。
「これは……」
 中身はたくさんの薬草だった。希少種なのか、アランたちの持つそれより色が鮮やかである。
「グルルルゥッ!」
 唸り声を上げながら、ドラゴンキッズが猛烈な勢いで飛んできた。ヘンリーたちには目もくれず、アランのところまで一直線にやってくる。「アラン!」と警告の声を上げる仲間たちに、しかしアランは手を軽く挙げた。
 何もするな、そこにいろ――そういう合図だった。
 アランの眼前で急停止したドラゴンキッズは、低い唸り声を上げながらこちらを睨み据える。視線の先にあるのは麻袋だ。イオのダメージが残っているためか、時折ふらりと高度を下げながらも、ドラゴンキッズはアランから離れようとしなかった。
 アランは麻袋の口をしっかりと締めると、牙を剥き出しにするドラゴンキッズの口元に差し出した。しっかりとくわえたことを確認して、手を放す。
「大事なものなら、こんなところで道草をしていては駄目だ。いくら旅人が恐ろしくても、自分から襲いかかったら命の保証はないんだぞ」
「グルル……」
「行きなよ。お友達が待ってる。僕たちも先を急がなきゃいけない」
 そう言ってドラゴンキッズの横腹を軽く叩いてやる。唸り声をひとつ残し、ドラゴンキッズは飛び去った。見ると、イオの呪文から全力で麻袋を護ったらしいイエティとダンスニードルが、同じように草むらの奥へ逃げていくところだった。
「相変わらず甘いわね」
 メタリンが呆れながら近づいてくる。
「もうちょっとで倒せそうだったのに」
「僕たちの目的地はラインハットだ。そこで何が待っているのかわからない。回避できる危険は極力回避した方がいい」
「その通りだな」
 くさりがまをしまいながら、ヘンリーもうなずく。
「余計な時間を取った。急ごうぜ、アラン」
「ああ」
 再び馬車を進めながら、アランは一度だけ彼らが逃げていった方向を振り返った。草原と隣接した深い森が風を受けてさらさらと鳴っている。アランの脳裏には、あの麻袋の姿がしっかりと焼き付いていた。

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