夜の闇に紛れ、アランたちは水路上にいた。
即席の筏(いかだ)と櫂(かい)を使ってゆっくりと上流へ向かう。見つかりにくいように上から黒い布を被った。
イエティの手作りという筏は、サンタローズで乗ったそれとさして変わらないくらいにしっかりとした作りだった。器用なモンスターもいるのだなとアランは秘かに感心した。
城から離れたところに浮かべ、そこから細い水路を通っていかなければならないため、筏はさほど大きなものではない。必然的に乗れる人員が限られてくる。まずアランとヘンリー。小柄なブラウン。夜目が利いて空も飛べるドラきち。その後ろには同じく飛行が可能なドラゴンキッズ。
そして異色の魔界騎士、スライムナイト。
彼はアランの申し出を二つ返事で了承してくれた。筏を漕ぐときイエティでは体が大きすぎる――それが彼の言い分である。
アランは、スライムナイトたちと力を合わせることに奇妙な喜びを感じていた。
幼少の頃剣を合わせたときの記憶、そしてパパスの行き先を示してチェーンクロスを授けてくれたときの記憶、それらは今でもアランの中に鮮烈に残っている。いつか恩返しがしたいと心のどこかで思っていた。
今は目的が違うが、いつか彼らと一緒に旅ができたらとアランは思い始めていた。
「伏せるのです。入り口が近い」
スライムナイトが小声で警告する。やがて城の堀に差し掛かり、件(くだん)の崩落現場が近づいてくる。今日も夜空は晴れていた。月光が冴え冴えと降り注ぎ、明かりには事欠かないが、それは逆に言えば外から発見されやすいということを意味する。アランは慎重に気配を探りながら櫂(かい)を操る。
やがて桟橋の下、崩落現場に横付けする。スライムナイトが立ち上がった。何をするのかと思っていると、彼はおもむろに剣を抜き、声も上げずにそれを振った。
岩がまるで芋か何かのように細切れにされる。崩れる先から剣閃がきらめき、水に落ちる頃には小さな欠片となってぱらぱらと堀の底に沈んでいく。そのため予想していたよりも音はほとんど出なかった。
あまり間を置かず、筏が何とか通れるだけの空間が開く。スライムナイトの技量に舌を巻きながらも、アランたちは筏を穴の奥へと向けた。頭上の月光が見えなくなると、周囲は途端に暗闇に包まれる。
「ドラきち、前方の様子をしっかり見ててくれ」
「キキッ」
任せて、とドラきちはアランの頭の上に乗ってじっと正面を見据え始める。
しばらくして、ドラきちが合図を送ってきた。彼に従いゆっくりと筏の速度を落とすと、ごつん、という重い音とともに筏が岸にぶつかった。周囲の気配を探り、それからヘンリーに合図をして松明に火を灯してもらう。浮かび上がった周囲の光景は、さながら小型の石室といった様子だった。アランは振り返り、松明の灯りが外まで漏れそうにないことを確かめた。
筏を下りる。松明で四方を照らしたヘンリーは眉をしかめた。
「おいおい。行き止まりじゃねえか」
「みたいだね」
彼の言う通り、石室には奥に進む通路がなかった。スライムナイトに視線を向けると、彼はドラゴンキッズとともに石室の中を調べていた。どうやら薬草がここに生えていないか探しているらしい。
ヘンリーがため息をつきながら、とりあえず壁を調べようと歩みを進める。
「ったく。俺たちのことは眼中になしってことかよ――って、うおっ!?」
彼の足が何かを踏み抜いた。体勢を崩したヘンリーが地面にもろに顔をぶつける。直後、正面の壁が重い音を立てながら横に滑り、奥に続く通路が姿を現す。
アランは悶絶するヘンリーの背を叩いた。
「お手柄、ヘンリー」
「ひ(ち)、ひくひょう(ちくしょう)……」
ブラウンとドラきちが通路の奥を覗き込む。すぐに報告に戻ってきた。
「道が左右に続いてる。けれど、左は扉が閉まっている」
「進むしかないですね。ここには薬草はない」
アランの隣に立ったスライムナイトが言う。
松明を掲げ、アランたちは右の通路を進み始めた。ずいぶん長い間使われていないようだが、造り自体は非常に強固なものである。道幅も広く、壁や床、天井は垂直水平に整えられていた。
しばらく進むと下に降りる階段を見つけた。アランを先頭に、スライムナイトが殿(しんがり)を務める。
全員が階段を降りきったそのとき。
「頭、前」
ブラウンが警告を出した。
衣擦れの音を立てながらモンスターたちが姿を現す。『まどうし』、『ガメゴン』、そして『くさったしたい』だ。
「う……やな奴が出てきた」
ヘンリーが眉をしかめる。サンタローズの洞窟でガメゴンに攻撃が届かなかったことが記憶にあるのだろう。だがアランは別のところが気になっていた。
――ラインハット城の地下に、モンスター?
「この辺りの魔物たちが一部、流入しているのでしょう。そうした噂を耳にしたことがあります」
剣を抜きながらスライムナイトが言う。そしてちらとアランを見た。
「成長した貴方の剣技、見せていただきましょう」
「君の期待に応えられるかはわからないよ」
「構いません」
アランは鋼の剣を構えた。松明の光に照らされ、眩く輝く。
「ヘンリー、ブラウン、ドラきち。援護を頼む。ここは僕と彼でやる」
「来ます」
スライムナイトの静かな声とともに、モンスターたちが襲いかかってきた。