小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第一部》』
作者:wanari()

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 アランは剣を握るも、剣先は地面を向いたままという中途半端な構えを取った。チロルの唸り声が若干小さくなっている。彼女も戸惑っているらしい。
 パパスを追わなければならないという焦り、夜の帳が降りていく大地に取り残されたような不安、それらがない交ぜになったアランは、目の前のモンスターに対してどのような態度を取っていいのか、迷っていた。
 特に気を悪くした様子もなく、スライムナイトはアランをじっと見ている。
『覇気がありませんね』
「え?」
『私と初めて逢ったときは、あなたにはひたむきな光があった。だからこそ私は助かったのだと思っているのです』
 彼の言っている意味がわからず、アランは首を傾げる。
『人の子よ。あなたはどこへ向かうつもりです』
「……お父さんのところへ。はぐれてしまったんだ。君は見なかった? パパスっていうんだけど……背が高くて、とても逞しくて、剣を持っていて」
『いいえ』
 要領を得ないアランの説明に、簡潔な答えが返ってくる。その後で、彼はこう付け加えた。
『お父さん。つまりあなたに血を与えた人間ならば、よほどの英傑でしょう。そのような者、ひとたび逢えば忘れようはずがない。私が出逢ったのは、私の『居場所』を荒らそうとした不届きな輩のみです』
 彼は思い出したかのように剣を振った。びしゃ、と地面に湿っぽい音が鳴る。薄暗闇ではっきりとはわからなかったが、よく見ればスライムナイトの剣にはべったりと血糊がついていた。
 アランは思わず、唾を飲み込んだ。スライムナイトは言う。
『安心なさい。私はあなたに大きな借りがあります。危害を加えるつもりはありません』
「ど、どういうこと?」
『ラインハット城下。私がどうしても手に入れなければならなかったものを、あなたは守ってくれたのです。覚えがありませんか』
「……あの袋」
『同胞の命を救う為に必要でした』
 アランは息を呑む。目の前のモンスターは、仲間を救うために危険を冒して大勢の人が住む街に潜入したというのだ。
 心底、驚く。だが不思議と「嘘だ」とは思えなかった。
「ねえ」
『はい』
「その仲間は、助かったの?」
『ええ。間一髪でしたが』
「そう。よかった。本当に」
 アランは微笑んだ。こんな状況ながら、心から良かったと思えたのだ。
 スライムナイトは剣を鞘にしまった。
『あなたはつくづく、不思議な人間です。私の言葉を心の底から信じている』
「でも、嘘じゃないんでしょう?」
『無論です。そこのキラーパンサーの子よ。あなたは良き主に恵まれました』
「にゃう! ふぐるる……」
『ほう。なるほど』
 チロルの鳴き声にうなずくスライムナイト。アランは尋ねた。
「チロルの言っていることがわかるの?」
『ええ。その子は自分があなたの力になれないことを悔しがっています。まこと、良き主には良き僕がつくのですね』
「チロルは『しもべ』じゃないよ。とても大切な友達なんだ。家族なんだよ」
『なるほど。理解しました』
 そして彼は言った。
『人の子よ。あなたの父は存じませんが、そこの子が言う野盗どもの姿ならこの目で見ました』
「え、ほんと!?」
『ここよりさらに東へまっすぐ。人の手で作られ、今はもう打ち棄てられた地下神殿があります。野盗どもはそこに入っていきました』
「そこだよ! お父さんもきっとそこに向かったんだ!」
 アランの顔に喜色が浮かんだ。剣を収め、急いで駆け出そうとする。
 直後、『待ちなさい』と呼び止められた。
『これから敵地へ赴こうとする戦士が、粗雑な長剣一本だけでどうするのです』
「でも、僕にはこれしか」
『待っていなさい』
 スライムナイトは踵を返し、草むらの中に姿を消す。すぐに、戻ってきた。その手には何やら鎖が握られている。
「これは……?」
『さきほど成敗した男が持っていた物です。『チェーンクロス』と呼んでいましたか、なかなか見事な出来。これをあなたに差し上げましょう』
「え、でも」
『持って行きなさい。あなたには必要なはず』
 差し出されたチェーンクロスを恐る恐る受け取る。薄暗闇の中でも金属の光沢がわかるほど丁寧に磨かれた鉄の輪がいくつも連なっていて、なかなかに重い。先端には鋭い槍の穂先が、反対側には剣の柄のような握りが取り付けられていた。
 まさに、鉄の鞭である。
「あ……ありがとう」
『いえ』
 アランの礼に短く応えると、スライムナイトはさっと踵を返した。彼の後ろ姿を見つめていたとき、アランは重要なことを伝え忘れていることに気がついた。
「あの! 僕はアラン! 君の名前は?」
 だが、スライムナイトは答えない。姿を消す直前、一度だけ振り返った彼はこう言い残した。
『いつかあなたが多くを成し遂げ、その名が風に流れて来る日を、私は楽しみにしています』

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