しかし、彼女が他人と干渉していくうちに、考えが少しずつ変わっていった。
――もう、俺がいなくても平気なんじゃないか?
――あいつは、もう一人ぼっちじゃないんだ。
彼女が俺に依存する理由はもう無い。無くなった。
そして、もう一つ。
彼女は誰よりも自分は劣っているといっていた。違う。真逆だ。
彼女は凡人ではない。天才だった。
戦略シュミレーションに関していえば成績はすべて1位、しかしそれだけではない。そして先日心音の部屋の押入れで、もう一つ見つけたものがある。それは高校生用そして大学生用の教材。高校生用の教材はまだ新品のように綺麗な外観。しかし中身の問題部分はしっかり書き込まれていて、仕上がっているといった状態だ。
彼女は、中学2年にして”高校の範囲”をすべて終わらせていたのだ。
水平線を中心に空と海が逆転したかのように入れ替わる。今までは、『青い海』が『空の下』にあったのだ。それが逆転した。そんな錯覚に囚われる。そんなもの砂上の楼閣だ。そんなことすら考えられない。元来それが本当の姿だとさえ思えるようになった。
俺は一人、寂寥を覚えた。
「なに、どうしたのよ悠」
監視カメラの設置作業を終えた友香が不思議そうな目で俺の方を見据える。
そういえば、まだ俺も仕事中だったんだな。そんなことを傍目に思った。
「ごめん、考え事してた。……で、次はどこに向かうんだ?」
「うん、後は3階かな」
俺がボーっとしてる間にほとんどの作業は終わっていたようだ。場所を移動してることすら全然気づかなかった。なんだ俺、夢遊病?
「でも3階って龍人隊がいるんじゃないか?」
「そう、そうなのよね……」
無線がジジジと音を立てて連絡がきたことを報告する。
『ま、まずい悠! 3階からやつらが降りてくるっ!』
「ま、マジか! 一旦外へ出るか、友香」
「うん! 急ごう!」
俺達は闘牛に追われるかの如く走り出した。
――あいつらの視界に入ってはいけない。
玄関ホールを出てみると、複数人の龍人隊の姿があった。彼らはデコボコとした身長差で、体格もまるで違う。良く見ると、男だけではなく女も混じっているみたいだ。現代不良は男女混合なのか?と考察をしていたところ、龍人隊は俺達二人に気づいて、訝しげな表情でこちらを見据える。
「マジ……かよ」「ど、どうしよ!」
『玄関ホールに戻って! で、階段の両脇に道が開いてる!そこを右!』
「「分かった!」」
俺達は共鳴して玄関ホールに戻りさらに奥へと進んだ。
廊下を走っていくうちに辺り一体がくじらに飲み込まれたかと思うくらいに暗闇になっていった。俺達には見えない道だが、遠くにいる心音が指示をしてくれるのでなんとか進むことが出来た。一度地下へ潜ったり、外にでて体育館裏を回ったりと捕まらないように遠回りをしながらようやく撒くことが出来たみたいだ。
逃げ延びた場所は、入ってきた門と全く真逆の方向でここには校門が無い。
ラクガキがされた壁に囲まれていて外には出れない。もしかしたら俺だけなら登れるかもしれないが友香が無理だろう。
「悠、肩車の体制!」
なるほど、その手があったか!
「分かった!乗れ!」
俺はその場でしゃがみこんで友香が乗るのを待つ……が、友香がなかなか乗ってこない。
俺は気になって、そのままの体制で首だけ捻って後ろを振り返る。
友香がいないっ!?
そう思ったのも束の間。良く見ると俺から10メートルほど離れた場所で立っている。友香は、首や足首や首、ありとあらゆる首の部分を回してから小さくジャンプした。そしてキリッっとした表情を浮かべ俺のほうへ鋭い目を向ける。
「いくわよ……悠」
ちょ、え、なにが、いくわよなんでしょうか、友香さん!?
彼女はしゃがみこむような体制で手のひらを床につける。次に右膝を床につける。次におしりを上げて、準備は整ったわよと言わんばかりの表情でニヤリと口角を上げる。
もう嫌な予感しかしないんですけど、友香さん。
これは運動会やら体育祭で一番初めに”走る”人がやっていたクラウチングスタートとかいうポーズだと俺は思っているのだが、是非間違いであって欲しい。
「おおおおぉぉぉッ!!!」
草食動物を震撼させるような大声を出しながら、俺に向かって全速力で走り出す。
嘘でしょ、やめてください。それ絶対痛いです。
「ぐへぇっ!」
友香は俺の背中を踏み台にして勢い良くジャンプして上手く壁を乗り越えた。
忍者のような体制で着地した友香は、満足気な笑みを浮かべて俺のほうへと振り返る。
「へへっ! 悠、すごいあたしすごい! すごくなかった!?」
「へへっじゃねぇ……まず、俺に感謝するんだな……」
ぼろ雑巾のようにくたびれた俺を見てニコニコしやがって。後で、マンモス級のほっぺ伸ばしの刑に処す。