5 『バイバイニート』
俺が心音の家に着いてみると、またもや心音の姿が無かった。
クーラーで冷えきった部屋の中で、しばらく探しているとぬいぐるみの山の中から足が生えてきた。
そしてぬいぐるみに埋もれて足をバタバタしていた心音が、急にこんなことを言い出した。
「にんふぇんとこぃにけぇーしょんをふぉっていこおとおもう!!」
「心音、なんだって?」
「だぁら、こぃにけぇーしょんっ!」
「とりあえず、ぬいぐるみをどけろ」
「ぷはぁっ!」
心音の上に被さっていたぬいぐるみを退かしてあげると、彼女は今まで息を止めていたかのように大きく声を漏らしぬいぐるみの山の中から這い出てきた。
「どうしていつもぬいぐるみの中にいるんだ、心音は」
「ぬいぐるみの中は気持ちいから。あと寒いから。」
「まずはクーラーをとめろよ」
「リモコンどっかいっちゃったから、手動で止めなくちゃいけないの」
「めんどくさいと?」
「うん」
俺は溜息をつきながらクーラーを止めた。
リモコンが無いということは設定温度の変更もできないのか。面倒だな。
そういえば、心音がぬいぐるみに埋もれているときもごもごと何か言っていた気がする。
「で、何を言ってたんだ? さっきの」
「えっと、コミュニケーション!」
「ん? コミュニケーション?」
「うん、人間とコミュニケーションをとってみようと思うのっ!」
「『人間と』って、お前は宇宙人かなにかなのか!?」
「まぁね! 私は地球人だし宇宙人といっても過言ではないよ?」
何故か堂々としていてドヤ顔な心音。
「あぁ、で、宇宙人の心音さんは具体的にどんなことをするつもりなのですか?」
「ふん、よくぞ聞いてくれた! 地球人!」
心音、今さっきの自分のこと地球人っていってたのに。
「具体的にいうとバイトをするのだよ!」
「あぁバイトね。…………え!?心音バイトするの!?」
いやこれはホントに驚いた。心音がバイトをするなんていう日がくるなんてっ。
毎日心音に会いに来て触れ合っていた甲斐があったなぁ。
自分でもびっくりなんだが、ちょっと涙出てきたかもしれない。
「え!? ちょ……ちょっとっ! ゆ……悠!? なんで泣いてるの!? わ…わたしなにか悪いこといったの!?」
「あ、あぁごめん、ちょっと心音のそばにいて良かったなぁって」
「ええぇ! ななななにを言ってるの悠っ! 」
「ほんと良かったよ、うん、なんか飼ってた犬がやっと教えた技を覚えてくれた時みたいな感覚だ」
「えぇぇ!! 私ペットなの!? 犬なの!? 」
「あはは、ほらお手」
「な……何いってるの悠! 本当にペット扱いしないでよっ! 」
といいつつ、お手を返してくれている心音。
「あ、いや今お手をしたのはわざとじゃなくて癖なの! ……い、いやあの私の癖とかじゃなくて近所の犬の癖でっ!」
顔をりんごのように真っ赤にしながら自分から落とし穴にはまっていく心音。
「そうか、そうか。 で、どんなバイトをするんだ?」
心音の頭の上に手を乗せ撫でてやる。やはりこうするといつ何時でも落ち着いて静かになるようだ。
「え、えっと……ラーメン屋のバイト」
「ラーメン屋? もしかして森村さんのとこの?」
「そ……そう。」
「あぁいいんじゃないか、友達いたほうが緊張しなくて済むしな」
「だよねっ」
ということで心音はラーメン屋でバイトをすることになった。