6『森村ラーメン 新人店員 心音』
「いらっしゃいませー!」
森村さんがお客のいるテーブルと厨房の間をせっせと往復している。
森村さんは時折、厨房の様子の方が気になるのか、ラーメンを運び終わるたびに後ろを振り返って心配そうな顔をしている。
その直後、奥のほうで、心音の悲鳴が聞こえた。
「わわっ!大丈夫っ!? 心音ちゃんっ!」
森村さんは厨房の方に大急ぎで向かった。
大丈夫なのか、心音……。
先日、心音が自分からバイトをしたいと宣言してから数日後、ようやくはじめてのバイトとなった訳なんだが……。
「無理だぁぁっ!!」
厨房を出てきた心音が、始まってからまだ間もないというのに大声で諦めの言葉を発した。
そして店の中にいた客が驚き、いっせいに心音の方を向く。
心音は心の中でしまったと思ったのか、顔を紅潮させ、厨房の中へと戻っていった。
そして何故かその3秒後くらいに俺の携帯が鳴り出した。急いでポケットから取り出してその電話に出てみる。
『悠、無理だぁぁっ!!』
心音からだった。
『なんで電話なんだ』
『悠のいるテーブルの所に行くと他の人に話し聞かれるし、あとなんかじろじろこっち見てくる!』
まぁ、幼くて小柄な少女がラーメン屋で働いているんだ、誰もが違和感を抱くのは当然か。
『で、何が無理なんだ?』
『ラーメン屋! 働くのが!』
『まだ、バイト始まって15分しか経ってないぞ?』
『それでも無理っ! お客さん怖いし、包丁怖いし、ここ熱いし!』
『んーもうやめるのか? せめて1時間頑張ってみろ』
『それ彼方にも言われた……』
『彼方?……あぁ森村さんのことか。だったらもう45分だけ頑張れ、そうすれば1時間だ。』
『うん……じゃああとちょっとだけ……』
電話が切れた。うーんでも心音の仕事分担はどうなるんだろうか。厨房もさっきの様子じゃ無理そうだし……じゃあ結局……。
「いいいいらっしゃいませ……」
やっぱり厨房追い出されて配膳班に異動させられたか。
心音はしどろもどろしながら俺の席まで歩いてきた。
「見られてる、見られてる、どうしよう!」
心音が小声で囁いてきた。
「ちゃんとしっかりしていれば大丈夫だ。がんばれっ」
ここで、お客さんが店員の心音を呼んだ。「すみません〜」
心音の背中がビクッっとして体が固まった。
「うん……このバイトが終わったら私、ネットの海に飛び込むんだ」
なんだか言い方が死亡フラグっぽいけど大丈夫か!
心音は緊張により足が震えながらも勇気をだし、一歩ずつお客さんのほうに歩いていく。まるでこれから戦場にでも向かうような足取りだった。
「ええっと……ご注文はっ!」
お客さんの注文の声に心音が必死に頷いている。さらに緊張しているのか頷くと同時に「うんっうんっ」と声まで出している。
「ではっ! …そ、その、今あなたが頼んだ……その品の数々を……淡々と繰り返そうと思います! 」
な……なんか言い方がおかしいぞ心音っ!
し、品の数々ってほどもないし、淡々と繰り返すなっ!
なんだかこっちも緊張してきた……。俺の心臓もバクバクだ。
「えっと……、あ、あれ、えっと……」
心音……忘れてる!? が…頑張れ!餃子1人前と五目ラーメンだ!
「あ! 餃子1人前と魚目ラーメン!」
ぎょ……ぎょもく……?あぁぁ……ラーメンに魚の目が入ってしまった……。
これはフラグを回収した、というべきか……?
「え?、あ、そう、そう!五目ラーメン!……で、です。 は、はい……少し待ってて……」
注文をとり終えた心音が一目散に俺の元に駆け寄ってきた。
「終わったぁ! 注文取れた!」
「あ、あぁ良かったな、とりあえず今取った注文を厨房まで伝えにいくべきだと思うぞ」
「あ、うん!」
心音は急いで厨房に走っていったがすぐ踵を返して俺の所に戻ってきた。
「悠っ! 注文なんだっけ!?」
また忘れたのかっ!