7 『 STAND BY ME 』
結論から言うと、心音はバイトをやめてしまった。
つまりひきこもりニートに戻ってきてしまったということだ。
心音の労働時間は合計1時間。お客の注文を3回承り、そのうち2回注文の品を忘れ、そのうちの一回は配膳の時に皿を割った。
森村さんはミスをしてしまった心音のことを一生懸命励ましてくれたがあまり効果がなく、結局その日のうちにバイトをやめることになってしまった。
そして心身ともに疲れきった心音は嘆息をもらし帰途についた。
森村ラーメンから外に出ると、少し肌寒かった。気がつけば、もうすっかり秋か。既に今は10月に入っていて、夏の暑さはどこかにいってしまっていた。秋が感じられる紅葉した葉が舞い散る中、そのとぼとぼと帰る心音の姿はまるで圧倒的差で試合に負けた選手のようだった。
「はぁ……悠、悠?」
「どうした心音」
半泣きの心音は俺の服の袖をぎゅっと握り締める。
「もうダメだよ……」
「そう簡単に諦めるな、某バスケマンガの先生だって言ってるぞ、諦めたらそこで試合終了だって」
「諦めたからわたしの試合はそこで終了したもん……」
「だから諦めるなって話だ」
「……でももうバイトはもうしたくない」
この感じだともうバイトはできそうにないな。第一の脱ニート作戦失敗だな。といっても第二の作戦を既に考えているという訳でもないが。
「これからどうしたい、心音」
「お腹すいたから、商店街のマックいく」
「いや、そういうことではなく……これからの……」
「脱ニート作戦?」
「そういうこと」
なんだ心音もちゃんと考えてるのか。
「……でも、わたし何にもできない……もういいよ、ニートのままで」
「それだとこれから生きていけな……」
「悠がいるし」
「え?」
「悠がいるからもういいの」
「…………。」
悠が……いるから……もういい?
どうしたんだよ心音、お前らしくないぞ。
俺が”支える”ことはあってもそれでもちゃんと自分で動いてきたじゃないか。
俺にすべて”任せる”ということはもう……心音は自分では動けなくなるということだぞ。
血液を送り出す心臓が止まればどうなるか知ってるか?
静止。すなわち死だ。お前自身が死ぬんだ。
心音が心音でなくなるんだ。
「ど……どうしたの? ゆ……悠?ほら喜んでよ、悠のこと頼りにしてるんだよ、嬉しいでしょ、ねぇ悠…… 」
心音は俯いたまま顔をあげない。袖を掴んでいる手も小さく震えていた。
「悠……わたし何にもできない……学校もいってない、人より優れてるものもひとつもない、ううん、むしろ劣ってるものしかない……常識を知らない……、バイトもできない、友達もいない……」
そんなことない……何にもできない訳がない……俺に無いものも持ってる、それに俺にはお前の存在が……
「でも私には悠がいるの……」
顔を上げてこっちを向く心音。涙で顔が濡れてぐしゃぐしゃになっていた。
「私には悠がいるから……悠が何でもしてくれるし……もうそれでいいの何にも出来なくても……他はもう…どうでもいいの……」
「……もし俺が死んだらどうする」
「……私も……死ぬっ」
「バカッ!!」
「!?」
心音は体をビクリと震わして、両手で顔を覆って隠す。
そしてその隙間から片目を覗かして再び俺の目を見た。
「俺を頼ろうとしてくれてるのは嬉しい。だが、すべてを背負うなんてことはできない」
「……でもわたし結局何にもできないからっ!」
「そんなことを言う心音のことは……俺は好きになれない、きっと俺はお前を突き放す」
「い、いやだよっ!! 悠がいないと私は何もっ!!……!?」
心音の小さな体を抱き寄せて頭を撫でてやった。
こうすると心音は、落ち着くのだ。
「悠……」
「だからさ、一緒にがんばろう心音」
「……うん……」
その言葉は彼女の顔を一層ぐしゃぐしゃにした。
そしてそれをぬぐう為なのかただ彼に甘えたかったのか、彼女は彼の胸へと両手と顔を押しつけた。彼女は泣きじゃくり彼の胸の中で大声で泣いた。