小説『SUMMER WARS 24<TWENTY FOUR>』
作者:ダイちゃん()

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――08:00:00――


 銃口を麻鳥に向けたまま、健二は桑田を睨み付けるが彼女の瞳は涙に濡れながらもその銃口を下ろす事を拒んでいた。
「冷静になって下さい。今はこんな事をしてる場合じゃないっ!」
「長官は知らないって言ってるのよっ、他にどうしろって」
「コイツの言う事を信じる? 馬鹿な」
 見れば麻鳥は怯えた視線を健二に送るが
「コイツがあの旅客機を堕とさせたんだっ!」
「でも証拠が無い!」
「コイツが隠してる」
「それを証明出来ないっ」
「だから今」
「健二っ!」
 制止の言葉に力がこもる。

「証拠を見付ける為にしていい事は限られてる、でもこれは……それを超えてるっ」
「僕を狙って堕とされたっ! 僕が証拠を掴んだからっ。全部話したでしょうっ!」
「でも状況証拠でしかないのよっ! それじゃ動けない」
「そんな事を言ってて」
「無茶を言ってるのは貴方なのっ!」

 桑田も健二を疑っている訳ではない。だが話に乗るには確信が少な過ぎた。
 スグリア共和国のクーデターに麻鳥の関与が有った――かもしれない。
 証拠を掴んだ健二を消す為に彼等が旅客機を墜落させた――かもしれない。
 ハマド大統領を資源輸入の特権の為に暗殺させようとした――かもしれない。

 確かにそれらは現実で本当の事――かもしれない。だが、それは全て過程の話でしかない。あくまでも【かもしれない】と注釈が付く話だ。
 そんな話を聞いただけで、そんな話を裏付ける様な状況を見ただけで、一国の政治中枢を担う内閣官房長官に銃を突きつける事は、桑田美也子には荷が勝ってしまう。
 或いは桑田に限らないだろう。それは普通の社会人であれば躊躇うことだ。もしかしたら確実な証拠が有ったとしても、政治の裏側では有る話だと諦め口をつぐんでしまう事だろう。
 でも健二はそこを踏み越える。
 
 絶望を与えられても、現実に足がすくんでも、自分の手が届かないと実感しても…………諦めたら終わりだと言い聞かせて、出来る大丈夫と言い聞かせて、その一線を踏み越える。だが誰もが彼と共に越えれる話じゃない。その事を、健二は失念していたのだった。

「銃を…………下ろして」
「どうして」
「お願い。でないと私」
「…………」

 トリガーに掛かる桑田の指にゆっくりと力が入った時、健二は手中の銃の撃鉄をゆっくりと戻した。
「……後悔しても知りませんよ」

 静かに、その場に銃を置き、ゆっくりと手を上げるのだった。ただ一心に――


「これは……間違いですよ。こんなのは、間違ってる」


――苦い思いを噛み締めるのだった。


――08:05:16――


 pirororoと内線を報せる受話器を取れば
「三輪」
『副総理から二番です』
「? 分かった」
 ボタンを切り替えれば回線は外線へと繋がり
「三輪です」
『前崎だ』
 
 警察庁長官である三輪に副総理である前崎からの電話である。この状況下でのそれは緊急事態を予期させるに十分だったが、前崎から放たれた言葉は三輪にとっては意外だった。

『君の所の陣内君が独断で事件を追っていると聞いたが本当かね』
「陣内、ですか?」
 前崎から何故? と思わなくも無いが、三輪にとって前崎は仕えるべき対象であり応えに悩む相手ではない。
「事件を追っているかは定かではありませんが、研究所を襲撃された際に現場に現れ今も独断で動いてはいる様です」
『では彼はテロリストに敵対しているのだな』
「それは無論そうでしょうが、我々とは足並みを揃えておりません。公安部が身柄を拘束しようしましたが仲間と共に姿を消しました。現在もって消息は掴めておりません」
『手配しているのだな』
「事件と関わっていると思われる人物と行動を共にしている様子です。彼の権限を一時剥奪した上で広域に手配を」

 姿を消し、小磯健二と行動を共にする。今の状況下で、それは理一にとっては自殺行為であるのは彼自身も理解していただろう。

『では今すぐ解除し彼に協力を。おそらくはそれが解決への近道だ』
「…………あの……解除と申されますと」
『陣内君の手配をだ』

 それは三輪にとって余りにも突飛な話だった。

「しかし副総理。その……協力と言われましても先程も申した様に彼の所在は現在不明でありまして」
『だったら探したまえ』
「その……彼はあくまで独断で行動しており」
『仲間を探して協力し事件を解決する。何もおかしい話ではあるまい』
「その、お言葉ですが副総」
『これは命令だ三輪君っ!』
 前島の怒声が会話を遮る。
『直ぐに陣内理一を見つけ出して彼に協力したまえ! 経過報告も言い訳も逐一私に報告するんだ分かったかっ! 携帯はたえず持ってるっ』
「ですが」
 プツン! と無下に切られた回線が、三輪に事態の急変を告げていた。


 三輪はすぐさま取調室へと足を運びドアの外の部下に鍵を開けさせると、室内には椅子に座る柴田と壁にもたれ立つ辻が居た。
 足早に机に近付いた三輪は二人を一瞥してから柴田に向き合う。
「陣内君と連絡が取りたい」
「方法がありません」
「柴田君」
 おどける柴田に少しの苛立ちを見せるが、今はそれどころではない。事態は変わってしまったのだから。
「彼の手配は解く、いや解いた。私はただこの事態の解決の為に彼に連絡が取りたいだけだ」
「…………どういう事です?」
 流石に手の平の返りが怪しいレベルだ。訝しむ柴田の横で辻は、にやりと笑みを浮かべる。
「……なるほど」
「辻さん?」
 壁から背を離せば三輪に向き合う。
「圧力が掛かったわけですか」
「……なんの話だ」
「それも長官にとなると……これは相当な上から、ですか」
「君には関係の無い話だ。今は陣内君に連絡を取る事が最優先だ」
「それなんですが、ね」
 ちらり、と柴田を見やり三輪に視線を戻せば、三輪にも辻の言いたい事は十分に伝わる。無論、気分の良いものでは無いが、今はもうそういう状況なのだと切り替える。
「分かった。君達の違反行為も全て無しだ。我々の間には何も無かった、これで良いかね」
「もちろん、充分ですよ」
 そう言って柴田に寄れば
「でも……いいんですか?」
「平気だよ」
 未だ決心のつかない柴田では有ったが、辻には確信がある。どうやら事態は自分達の方に転がってきたのだと。

「状況が変わったらしい。陣内に後ろ盾が付いたと見えるな」
「一体誰です?」
「それは分からんが……今は乗ろう。どの道、放ってもおけんしな」
「……ですね」
 頷き合い、柴田が席を立てば、共に取調室から駆け出した。

 
 発令所に入るや皆の驚く顔を尻目に、自分のデスクに寄れば、近くの佐橋に
「私の携帯は?」
「ここに」
「ありがと」
 そう言って受け取れば素早く理一に電話を掛ける。
 二回コール鳴らし切り。そしてまた掛ける。そうすると、プ、と繋がる音がすれば

「柴田」
『っ! 状況は?』
 理一の声が返ってきた。
 辻の合図で電話の声がスピーカーフォンに繋がれば柴田も携帯を置きマイクに向かって声を出す。
「一時拘束されましたが、先程解かれました」
『拘束? 辻はどうした』
「同じくだよバカタレ」
『! 無事なんだな? 二人とも』
「あぁ」
 取り急ぎ、二人は現状を話すが隣で機を伺っている三輪が視界に入ると
「三輪長官に替わります」
『長官に?』
「陣内君、三輪だ」
『っ!』
 理一の気配が警戒を示したのを感じる。
『長官。申し訳ありませんが今はまだ拘束されるわけにはいきません』
「分かってる、それはもう良い」
『……は?』
「手配は解除した」
 理一にとってかなり意表をつかれたのだろうと分かった。
「君をバックアップする様に指示が来てる。何か私達にして欲しい事はあるか?」
『一体……いえ、分かりました』
 今は理由も動機も必要無い。ただ欲しいものが手に入ったと解釈した理一は
『こちらの手は足りてます。そちらは健二君に手を貸して上げてください。もしかすると荒れます』
「チームを派遣する」
 言ってる先から特機の数名は外に居る部隊に連絡を取り出す。
「彼は今何処に居る?」
『官邸です』
「かっ!」
 それには思わず皆が手を止めてしまう。それほどに意外な場所が上げられた。
「首相官邸の事かっ!」
『他には無いでしょうっ! 多分彼はもう入ってる筈です。急いで救援を』
「無茶を言うな」
 いくら特機に大きな権限が与えられているとは言っても、流石に官邸への突入はその権限を大きく越える。
「幾らなんでも」
『今はそこが核心なんです。すいませんが議論の余地は無い』
「待て待てっ! 総理か、せめて副総理の判断が必要に」
『だったら許可を取って下さい、こちらが掴んでいる情報は渡します』
「分かった。よろしく頼むよ」
『じゃ』
 言うや通話は切れる。特機には言い様の無い不安が満ちたが、すぐにそれは緊迫の空気に変化したのだった。送られてきた理一のデータによって、今の日本における現実が、彼らの前に示されたのだから。


――08:13:46――


「よしっ!」
 幾多のセキュリティを突破し、数多の防壁を粉砕して、ラブマシーンは首相官邸を司る全てのシステムをその手中に収めた。もしここに健二や佐久間が居れば、その侘助の技量と彼の育て上げたラブマシーンという存在に、陣内侘助という天才の、文字通りの才能に畏怖したことだろう。
「上手くいったの?」
「あぁ! バッチリだ」
「どれどれ」
 理香や直美が覗き込む中、監視カメラの映像を次々に切り替えて行く侘助だったが、その一つの画面で手を止めると
「居たっ!」
「嘘! ほんとに健二君じゃないっ!」
「って、なにやってるんですか? あれ」
「ちょっと! 音出しなさいよアンタ」
「ちょっと待ってろようるせぇなぁ」
「あんですってぇ!」
 官房長官室で両手を上げる健二に女は銃を向け、端で男が一人ゆっくりと移動しているのが見える。よく見ると床に落ちている何かを拾い上げている様子だ。
 侘助が少しキーを叩けば、だんだんと音声が入りだし――

『   官、警備に連絡を。彼を……拘束する様に』
『考え直して下さい! こうしてる間にもISSは高度を下げ続けてるっ! もう時間が無いんですっ!』
『ここで止めれるなんて保証は無いでしょう』
『やってみる価値はあるっ!』
『長官、早く連絡を』
『……あぁ』
 
 侘助達の見守る中、長官と呼ばれた男は歩き出し机の前に立ったかと思えば、女の死角と思われる場所から


「っ! おいっ!」

 手に持った何かを女に向けた。事態は侘助達の目の前で、その方向を変えていたのだった。
『っ! やめろーーっ!』
『えっ?』
 モニターの中で、プシュ、と妙な音と共に、女がその場で崩れ落ちる。

「ちょ、何よ今の」
「ちょっと侘助!」
「……嘘……これ、血じゃ」  

 倒れた女に見える紅とそれに駆け寄る健二を見ながら、侘助は思わず手を止めてしまう。
「なによこれ! なんとかしなさいよアンタ!」
「む、無茶言うなよっ!」
「でもこのままじゃ」
 直美の言う事も分かるのだが、流石にここから侘助に出来る事は無い。だが、だからと言って――――

「くそったれが!」

――――黙って見ている積りも、侘助には無いのだった。


――08:16:10――


「しっかりしてくださいっ!」
 麻鳥に撃たれ倒れた桑田の下に駆け寄った健二はすぐさま彼女の傷を見るが、撃たれた脇腹からは血が激しく流れていた。
「  私  なん……で」
「ここを抑えて……くそっ」
 脱いだジャケットを傷口に当て桑田に傷を抑えさせるが、床に落ちた桑田の銃を拾い悠然と見下している麻鳥に殺意が沸き起こる。
「貴方はっ、貴方って人はっ!」
 自分達に銃口を向けたまま笑みを浮かべる麻鳥に、思わず健二は拳を握りしめた。
「何人殺せば気が済むんですかっ! 貴方は」
「桑田君を殺したのは君だよ」
「なにを」
「官邸に押し入り私を襲った。彼女は捜査官として現れ君と相打ちになった。これはそういう話だよ」
 まるで台本でもなぞらうかの様に話す麻鳥に言葉が詰まる。
「名誉の殉職だ。桑田君も満足だろう」
「そうまでして……」
 怒りが高まり過ぎると、人の言葉は震えてしまう。
「そうまでして守りたいんですかっ! そんなに地位や金が大事なのかっ」
「甚だしい認識違いだな小磯君」
「っ」
 笑みの消えた麻鳥に健二の頭が一瞬だけ冷えた気がした。それほどに、相手の目は凍っている。
「言っておくが、この一件で私が得た利益など皆無だよ」
「それはどういう」
「私は一円たりとも儲けてなどはいないという事だよ。無論、名誉や地位が上がったわけではない。スグリア一国がどうなろうが、それは私個人にはなんら影響がある訳じゃない」
 彼に利益があるかどうか。確かにそれは健二としても確認はしなかった。だがそこに利益が無いのであれば――

「だったら何故! なんでこんな真似を」

――彼の一連の行動には合点がいかない。

 だがそれはあくまで健二の思考の中での話であり、それは麻鳥のものとは異なる物だった。
「全ては国益の為だよ。他になにがある?」
「っ!」
 彼にとって、それこそが行動原理そのものだった。

「資源の乏しい我が国が安定的に、より安価に資源を獲得する事は、非常に重要かつ重大な課題だ。私はその為だけに動いているに過ぎない」
「その為なら何をしても良いと? 友好国のクーデターを画策して大統領を殺してもっ? その証拠を消す為だけに数百人からの民間人もろとも旅客機を墜落させたとしても優先されるべき事だと言う積もりですかっ!」
「無論、言う積もりだね」
「ふざけるなっ!」
 堂々と自らの行いを肯定した麻鳥を、健二は決して許せはしない。
「では聞こう。かつてのスグリアの政権を君は支持していたのかね?」
「そんな事は言ってない」
「前政権下の下で、今以上に安価で多くの資源を手に入れる為の秘策が君には有るのかね」
「だからと言ってなんでもして良い訳じゃない」
 独裁政権下のかつてのスグリアは、お世辞にも良い国とは言えないだろう。少なくとも健二にはそう見えなかったし、国際社会の中でも問題視される事もしばしばではあった。
「では仮に君が一年前に私の不正と関与を公の目に晒し私を失脚させたとしよう。だがその後の日本を、君はシュミレーションしていたのかね」
「少なくとも飛行機は堕ちなかった。死ななくても良い人達があそこには居た」
「そして資源価格は高騰し物価は上昇。日本経済は今よりもっと深刻な事態を迎えていただろう」
 それはハマドと麻鳥の密約があって初めて成立する現在の状況からは容易に推測は成り立つだろう。無論、それがどれほどの差異となり規模となるのかは推測の域を出るものでは無いが、多かれ少なかれ起きる事態では有った。
「それはより大勢の国民の不幸を意味しているんだよ、小磯君」
 その今ある現実と推測の間に有るものは、確かに国に益した幅だ。
「詭弁だ! 自国の国益の為に他国を貶める行為を正当化するのはやめて下さい」
「それが外交というものだよ。国際外交とは皆で仲良く語り合う場所ではなく、限られた資源と利潤の奪い合いに過ぎない。この世界に国家という枠組みが存在して以来絶えず繰り広げられてきた――」

 それこそがこの世界にある現実なのだと断言し――
「これはそういう戦争なのだよ」
――麻鳥ははっきりと健二に言葉を突き付けたのだった。

 思わず言葉に詰まる健二に、麻鳥はどこか勝利を感じていた。それは達成感ともいえる奇妙な気持ちだった。だが、心地良い。
 あれほど自分を悩ませた男に、自分は勝ったという快感は拭えなかった。 
「仮に君があのディスクを公開し私を失脚させたとしよう。いや、君ならば私を逮捕させるところまで踏み込んでくるだろうね」
「貴方を逃がす積もりはありません」
「分かるよ。人としてそれは理解出来る感情だ。さてその時の世間の反応はどうだろうね?」
「関係ありませんね」
「まぁそう言わずに……そう、簡単に想像がつくよ」
 再び笑みを浮かべた麻鳥は楽しそうに話す。 
「世間は私を戦後最悪の犯罪者と呼ぶだろうね。徹底的に叩き、弾圧し糾弾し、悪の権化のごとく罵る事だろうさ……だがその後どうなる?」
「…………」
「原油価格の高騰と資源不足。経済の悪化と生活の困窮。その時に世間はどうするか? 決まってる。彼らは私を断罪したのと同じ口から、原油価格に不満を漏らし物価上昇に不平を叫ぶ。こうなった責任をどこかに見付け決め付けて、自らの不遇を誰かの所為にする」
 まるで確定した未来を語るかの様に、麻鳥は確信をもってそれを話す。なぜなら
「それが民衆という者だよ小磯君」
「……」
「その言葉になんの責任も負わずただ自分の言いたい事を言うだけ。いや、自分の意見ならばまだマシだがね。中にはただ誰かの意見に追随するだけの人間も居る」
 それがここ迄政治の世界で生きてきた麻鳥の結論だった。彼の中でそれは確信ですらある。
「軽いのだよ。君達の言葉は」
「……だから?」
「ん?」
 
 健二にも麻鳥の言葉は分かる。
 世界中の戦場を渡り歩き、世界の現実と戦う為にその中に身を置いた一年は、確かに麻鳥の言葉を頷きを覚える部分もある。
 それは、認める。だが――

「確かに貴方の言い分にも理があるのかも知れない。貴方の言う様に、貴方の行動には国に利するものが有って、それを批難するのは簡単で浅慮な話なのかも知れない」
「それが世界の現実であり真実だよ」
「でも、だから黙れという話は聞けないっ!」
  
 軽い言葉と無責任な言葉。それは現実性に希薄で理想、あるいは妄想や戯言であるのかも知れない。だが、だからと言って、現実を前にして理想を語ってはいけないという話は聞けないと健二は自らを押す。
 夢も希望も無しに生きていけるほど、自分達は強くは無いのだから。

「貴方が持論を展開して正当性を主張するのはいい。でもだったら胸を張って言うべきだ。お前達の言葉は軽いと、子供だとっ! 貴方が見下す民衆に、その血に染まった両手の正当性を主張すればいい!」
「その必要は無い」
「お前達の暮らしの為に殺したと。この国の為に罪を犯したとっ。正しい事をしたんだとっ! ちゃんとっ、世間に言ってみろっ!」
 それが出来ない以上、それはただの言い訳に過ぎない。
「所詮、現実的な判断も出来ない者達に、大局を見据える事は出来んさ」
「ならば貴方のそれは、何処まで言っても殺人者の言い逃れだ」
 自分独りの主張は、それがどれほどの真実であろうとも通りはしない。
「その通りだ」
 どこか、吹っ切れた様に彼はそれを容認した。
「私は確かに殺人者だよ。他人の生命を奪ったのだからね。そして君。小磯君、君のやろうとしている事はね」
「僕が? なんです」
 カチャリ、と桑田の銃の撃鉄を起こして笑みを浮かべた麻鳥は

「我が国の国益を損ない国を危険に晒す……人はそれを国賊と言うのだよ」
「っのっ!」

 殺意。そんな殺気とも言えない明らかな害意を麻鳥から感じた健二の身体が反応した刹那――――パシュと響く静かな発射音と共に健二の胸元のシャツが赤く染まる。
「っか」
「ふん」
 続いて二発。その簡潔な動作を繰り返した麻鳥の前に、膝から崩れ落ちた健二はゆっくりと床に倒れ伏したのだった。

 健二の身体の下から紅が広がるのを眺めながら、麻鳥は桑田へと視線を向けるが
「……そう君が気に病む必要は無いよ」
 身体を震わせながら涙を流す桑田に、優しげとも言える笑みを浮かべる。
「君は私の為に良く働いてくれた。最後まで、ね…………おめでとう、桑田君。君は命を捨てて国賊を討ち取った」

 ぼとり、と無造作に桑田の銃を桑田の手元に放り、静かに健二の銃を彼女に向け撃鉄を起こし――――


「二階級特進だよ、桑田捜査官」


――――刹那だった。

「っな!」

 
 床に彼女の銃が落ちた、瞬間。健二の身体が床を這いその銃を右手が握れば
「貴」
 麻鳥の思考が一瞬の停止を解除するよりも早く、三発のサイレンサー音が室内に木霊した。
 二発は麻鳥の胸と腹、そして一発は銃を持つその右手に当たる。
「痛ぅ!」
 思わず銃を放し後ろへと後ずさり机に寄りかかった麻鳥だったが、その彼の再始動した思考が疑問を浮かべた。

 銃で撃たれた――――にしては、痛みが浅過ぎた。

 胸部と腹部に弾はめり込み血を流させる。流させては、たしかにいる。だがその痛みは
「な、んだと?」
 耐える事が出来る程度だ。
 その視線の先で、桑田の銃を素早く手放し麻鳥の落とした自分の銃を再び握る健二の鋭い視線とぶつかった時、麻鳥は自分の敗北を初めて実感した。
 思わぬ反射的行動だったのだろう。麻鳥は考えた訳でもなく未だ床から身を起こしている状態の健二に襲い掛かったが、四度目の健二の放った弾丸が麻鳥の左肩に命中した時、初めて味わう激痛に弾け飛ぶ様に机へと押し戻された。
「ぅぐぁあっ!」
「はぁっ、はぁっ……つ、次は、当てます、真ん中に」
「うっぅ、な、何にが、いったい」

 荒い息を整えながらゆっくりと立ち上がる健二の身体には、確かに麻鳥に撃たれた後がある。そこからは血も流れていた。だが、それはやはり彼の体感したものと同種のもの。耐える事が出来る程度だった。
「彼女の銃は特殊ゴム弾なんですよ」
「っ、ゴム弾、だと?」
「彼女に……人は殺せません」

 特機の装備の中にある非殺傷弾である。
 肉はえぐるだろうし骨は砕くかも知れない。だが当たり所が悪くさえなければ死に至る事は滅多に無いであろう暴徒鎮圧用の特殊弾頭。桑田の銃には始めから、その弾丸がこめられていた。
「貴方がどんなに正論を吐こうが、この国に貢献しようが、そんな事はどうでもいい。だけどっ」
 その目を光らせた健二は、本物の弾丸の入った自分の銃の撃鉄を起こす。

「くだらない現実に皆を巻き込むなっ! 何かの為に自分の身を穢していると自負するんならっ! 最後まで自分独りで穢れ切れっ!」
「貴、様」
「こんな馬鹿げた現実の中で命を奪い合うのは、僕たちだけで充分だ。馬鹿げた世界の馬鹿げた僕等は……勝手に馬鹿同士で殺りあってれば良いんだよっ!」


 撃つ。
 撃たれる。 

 そんな確定した未来が訪れる、ほんの一瞬前に、バンッ! と激しくドアが開かれれば、多くの者達が銃を構えて乱入してきた。
「っ、このっ!」
 瞬時に麻鳥の肩を手で掴むと、健二は男達と自分の間に麻鳥を立たせ、その後頭部に銃を突き付けた。

「動くなっ! 動けばこいつを撃つっ!」
「良いぞっ! 早くこいつを殺せ、命令だっ!」

 健二と麻鳥を覆う様に展開した男達を前に、健二はなんとか事態の好転を模索するが状況は絶望的と言っていい。考えるまでも無くチェックメイトの状況だった。

 だが、それは聞きなれた懐かしい声で一転する。

「通せ」
「!」
 人垣を越えて現れたのは
「吉田さんっ!」
「よっ。相変わらずだな、健二」

 吉田が銃も持たずに笑顔で立っていた。

「何をしている。早くこいつを撃て。撃たんか!」
 叫ぶ麻鳥に吉田の笑みが消えれば。
「麻鳥官房長官。貴方を拘束します」
「っ! 貴様、何を言って」
「あぁ、ちなみに元官房長官ですか。先程、総理と副総理、あとおたくの幹事長との間で貴方の罷免と党員除外が決定しましたよ」
「……そんな馬鹿な」
 周囲の男達が静かに銃を下ろしていくに従い、健二もまたその銃を静かに下ろした。すでにもう、その必要は無いと判断出来た。
「まぁ、流石に事が事だ。貴方の罪状となると流石に国際的にも政治的にも少しばかり話が大きくなり過ぎて我々の手には余るものですからね。差し当たっては桑田美也子殺害未遂の現行犯ってとこですか」
 健二の視線の先で、桑田は数人に手当てされ担架に乗せられているところだ。だがそこで麻鳥は
「何を言うっ! 彼女を撃ったのはこの男だっ!」
 健二を指差し、辺りに叫び出す。
「この男が部屋に押し入ってきたんだ、彼女はそれを止めようとして撃たれ」
「おや? なるほど、そうでしたか」
 健二すらも不審に思うほど、吉田は平然と麻鳥の言葉を受け止めていた。だが、ふ、とあごに手を当てれば
「しかし参りましたな」
「何がだ」
「いえね。貴方の言葉が真実だとすると少し困った事になるんですよ」
「君は一体」
「それだと目撃者の証言とだいぶ異なってしまうんですよね」
「……なんだと?」
 それには麻鳥だけじゃない。健二もまた疑問を浮かべた。この部屋に目撃者など誰も居ない。居ない筈だった。
 そんな二人に見えるように、吉田は自分の携帯端末を見せると

「……なっ!」
「これは」
 麻鳥と健二が周囲を見渡せば、部屋の天井に据え付けられた監視カメラに目が向く。そして、その顔を向け呆然とする自分達の姿が、吉田の端末にも映されていた。

「OZに流れてるんですよ。この部屋の監視カメラの映像が、その音声と共にね」
「ば、馬鹿な。そんな事が」
「貴方の御高説もこの部屋で起こった事も、過去の行為への肯定もね。OZを通して世界中にリアルタイムで送られましたよ」
「せ、世界」
「目撃者を消しますか? どう考えても億人単位ですが……やってみますか?」
「そ……そんな……」

 思わず膝を付いた麻鳥に、吉田は初めて敵意を向けた視線をぶつけ

「ここまでなんだよ……くそったれが」

 麻鳥の襟首を掴み強引に立たせ、荒々しく部下へとその身を引き渡したのだった。


――08:33:42――(アメリカ・ワシントンDC――18:33:42――)


「こちらでも確認したよ…………後の事は頼みますよ、前崎さん……えぇ、よろしく、それじゃ」
 前崎との電話を切り海馬が振り返れば、そこには厳しい表情で画面を見詰めるレグラン以下ホワイトハウスの面々が居た。
 ここ執務室でもOZの映像は見ており、一連の麻鳥と健二の会話は見られていた。
 吉田の言う様に麻鳥が目撃者を消すと言うのなら、それは最も困難なアメリカ大統領の抹殺を含んでいた事だろう。
「なんともお恥ずかしい限りです、大統領」
「No, Prime Minister,To one of our country of Suguria is also probably……I probably, you will not blame qualification――
(いいえ、総理。おそらくスグリアの一件には我が国も……私には多分、貴方を責める資格は無いでしょう――」
「大統領」
 レグランは無能では無い。自国とスグリアの関係には含むものを感じたし、実際そうしたケースは日常茶飯事だ。アメリカ合衆国大統領は決して天国へは行けはしないのだという事は誰よりも自分が認識していた。
 そんな互いが互いに配慮する空気の中、モニターの中で動きが有った。怪我の治療にあたる人物を押し退け、健二は麻鳥の机を物色し出した。
『健二、お前早く怪我の治療を』
『今はそんな事よりっ!』
『おい』
『僕のバックを探してくださいっ! どこかにきっと有る筈なんですっ!』
『お前なにを』
『早くっ!』
 血相を変えて探し出す健二に画面を見る者達も不審を覚える。彼は何をしているのだろうかと。
 そのシャツが血に染まっている以上、治療をしなければならないのは見て取れるというのに
「He is on earth are you doing? ――
(一体彼は何をしてるんだ? ――」
「Well? Or looking for a bag――
(さぁ? バックを探しているとか――」
「Bag? ――
(バック? ――」
 やはり見当も付かない。そんな視線の先で

『っ! これですか?』
『! それですっ!』

 一人が見つけたらしいバックを文字通りひったくる様に手にすれば、健二はバックの中を荒々しく物色しだす。そして
『よしっ!』
 一台のノートパソコンを机に置き素早く起動している。
『おい健二何してるんだ?』
『落下を阻止する為のプログラムを組んでるんです。その途中で奪われ……よしっ! データは生きてるっ!』

 激しくキーを叩き出した健二に思わず周囲の者が動きを止めた。そんな中、確かに、その言葉はモニターから聞えた。


『健二! お前、落下を阻止って一体』
『ISSですっ! 連中から奪い返しますっ!』


 レグランは我が耳を疑った。
「Jitter you say now! ――
(今なんと言ったっ! ――」
「And retake the Iss――
(その、ISSを奪い返すと――」
「Why can! Him――
(出来るのかっ! 彼に――」
「To me indescribably――
(その、私にはなんとも――」
 レグランやマックス、そして海馬やジョージといった、執務室に居る面々は驚きを隠せないまま、画面の中の健二から目が離せなくなっていたのだった。


――08:35:51――


「うまく行きそうなのか? 健二」
「分かりません」
「おい、頼むよ」
「安請け合いは出来ませんよ。でも」
「?」
「諦める積りは、ありませんから」
 吉田はようやく、健二に再会した事を実感した。
 いつだって、どこだって、彼は最後まで諦めない。そう、そして――――

「相変わらず嬉しそうだな、お前はよ」
「? そうですか」

――――小磯健二は、その危機に際して笑みを浮かべるのだ。それが、小磯健二という名の自分達の仲間だった。

 必死にキーを叩く健二の横で、Piriririと電話が鳴る。無論、この部屋の主たる麻鳥はもう居ない。近くの男が受話器を取り二・三の言葉を交わせば、若干の驚きを持ってこちらに向き直り。

「捜査官、電話が入ってるんですが」
「こんな時に何を」
「その、それが彼にと」
「健二に?」
 吉田が思わず電話を持つ男を見れば
「アメリカに居る総理からです」
「……はぁ?」
 確かにOZに繋がっている以上、総理も見ていても不思議は無い。だが、と健二を見れば
「すいません、今手が離せません」
「いや、しかし」
 無論、健二としてはそんなものは邪魔にしかならないのだが、流石に吉田といえども総理大臣を前にして、邪魔をするな引っ込んでいろとは言えない。
 思わず言葉に詰まってしまうと、健二はちらりと吉田を見、それとはなしに事情を察する。
「スピーカーフォンでお願いします」
「わ、わかった。おい」
「はい」
 男を促し彼が操作をすると

『あぁ……聞えますか?』
「はい」
『失礼。内閣総理大臣の海馬です』
「なんでしょう総理。すいませんが今取り込み中でして……くそっ! バックの中のUSBメモリを取って貰えますか? お願いします。それで用件は?」
『事態が切迫している様子なので手短に聞きます。君はISSの落下を止められるのですか?』
「その為に今! ありがとう御座います…………よし、開いた」
『小磯君』
「はい総理! 僕は僕に出来る事をしています。誰がどう止めても問題は無いでしょう? それとも政府の顔でも立てますか? 僕に手柄は必要ない」
 健二自身、肉体的にも精神的にも厳しい所での作業なだけに、急な横槍に近い海馬に若干の苛立ちを隠せない。だが、海馬としてもそれは許容の範囲内であろう。
『申し訳ない。君の邪魔をしたい訳じゃない。私に協力出来る事はあるかと思ってね』
「ありがとう御座います総理。それでは一つお願いしたい事……っがあります」
『! 何かね? なんでも言ってくれ』
 自分に出来る限りの事はしてやろうという意思がそこには込められるが、それは別の形で解決した。なぜなら健二の要求は

「NASAに口を利いて貰えますか」
『NASA? それは、しかし何故』
「最後のキーはNASAになります。僕のプログラムをISSに送った後、NASAの協力を得られないと意味が無いんです」
『…………』

 無言になった電話に、健二の注意も一瞬移る。
 いくら日本のトップとはいっても、アメリカの政府機関の一つに過ぎないNASAに対しては何一つの権限も持ってはいない。それだけに健二の要求は海馬にとってはハードルが高いかもしれないとは思う。
 だが健二にとってはそれしか方法は無く、ここで海馬の協力が得られない場合には、単独でNASAに協力を要請しなければならない。もとよりその積りではあったが、それすらも分の無い賭けでしか無いと腹はくくっていた。
「総理、無茶は承知でお願いしています。僕よりも貴方の方がNASAも聞く耳を持つでしょう。ですから、どうか」
『I promise it is trying to――
(それは私が確約しよう――』
「! Who is? ――
(! 誰です? ――」
 突然の乱入者に、健二は疑惑を向けるが
『Reguran,President of the United States,Mr. Koiso,To lend you the power to full extent of my power――
(レグランだ。アメリカ合衆国大統領。ミスター小磯、私の力の及ぶ限り君に力を貸そう――』
 健二だけじゃない。その場に居る全員が思わず息を呑んだ。それ程までに意外な人物の登場だったが、健二は素早く思考を戻す。今優先なのは彼への礼ではなく状況の打破である。
「Thank you, Mr President.Can I ask the cooperation of NASA? ――
(感謝します、大統領。NASAに協力を? ――」
『If you ask what is? ――
(何をさせればいい? ――』
 二人に認識の齟齬は無い。いまはただ、成すべき事以外に重要な事は存在しない。
「Command code will be limited to individuals over the filter from the ISS side――
(ISS側からフィルターを掛けて、指令コードを個人に限定します――」
『I do not know what they mean to say that――
(私には言っている意味が分からないが――』
「That is……To not be able to instruct the ISS is not only one person was limited in NASA――
(つまり……NASAの中の限定した一人にしかISSに命令出来なくするんです。他の人間には誰も操作出来ない――」
『Ey and operate the ISS to the person you were limited in? ――
(では君が限定した人物にISSを操作させろと? ――』
「Just login.Since you like to enter a passcode of OZ, later will do well in a way of NASA.Gotta trouble doing――
(ログインだけです。OZのパスコードで入る様にしますから、あとはNASAの方で上手くやるでしょう。やってくれなきゃ困る――」
『Was found.NASA to put out the instructions from me.So that a person? ――
(分かった。NASAには私から指示を出しておく。それでその一人は? ――』
「Please wait. Until there is still…………
(待って下さい。まだそこまでは…………」
『Mr. Koiso――
(ミスター小磯――』
「Is what? Mr President――
(なんです? 大統領――」

 激しくキーを叩きながら、それでも意識の隅でレグランが深く想いを込めた事は伝わって来

『When is imminent.Although I do not want to put pressure on you, you become the last hope.Let me be successful if…………Please――
(時が迫ってる。君にプレッシャーを掛けたくは無いが、君が最後の希望になる。どうか成功させて欲しい…………頼む――』

「……That I am going too, Mr President――
(……僕もその積りですよ、大統領――」

 
 そして、一層キーを叩き続けた健二は、最後にタンっ! とEnterを押せば画面内に小さなウインドウが幾つも重なり現れ

「来い来い来い来い来い」

 一つのウインドウで名前のリストの様な物が延々とスクロールしたかと思えば

 ピンッ! と一つの行で止まった。

「よろしくお願いしまーーっす!」

 タンっ! とキーを押せば現れ続けたウインドウ郡の真ん中で



【Complete】



 すかさず健二は叫んだのだった。


「President! The fourth section of the Accounting Department……Miss Shelley Green is――
(大統領! 第四セクション経理部の……シェリー・グリーンさんです! ――」
  

 ◇ ◇ ◇


「I contact,Now! ――
(連絡するんだ、すぐに! ――」
「Yes, sir」
 レグランの声に弾かれる様に受話器に向ったマックスは
「Whitehouse,You&#039;re right Hartmann,Would have seen you? Oh, ask――
(ホワイトハウスだ。そうだハルトマン、君も見ていただろう? あぁ、頼む――」

 マックスを見やり、別のモニターに映るISSの状況に注視するレグランの横に並び、海馬もまたそのモニターを見詰める。
 今まさに軌道修正の為のデットラインである黄色のラインに差し掛かろうとしているISSを見詰め
「上手く行くと良いんですが」
「After the……Let us pray――
(あとは……祈りましょう――」
 二人の国家元首は、ただ結果を待つのみであった。


 ◇ ◇ ◇


「Reject early early early――
(どけどけどけ――」
 数人の男達がまさに人波を掻き分けるように強引に走り抜ける中に、健二によって白羽の矢が立てられたシェリー・グリーンの姿があった。
 ISSの落下に際して多忙を極めていたため、本人はOZの映像を見ていなかった。そこへ数人の男が現れ無理矢理にここ迄連れ出されていた。
 流石に言いたい事もあるのだが、それを言う暇も無く、挙句
「It&#039;s you Sherry――
(君がシェリーだな――」
「Yes I――
(そうですけど――」
 ハルトマンから問われれば姿勢を正すしかない。相手はNASAのトップである。
「Over here――
(こっちへ――」
 促されればそこには端末の置かれた指揮席であり、本来自分とは無関係の椅子だ。だが彼女に告げられたのは
「Login me in OZ――
(OZにログインしてくれ――」
「To OZ? ――
(OZに? ――」
「&#039;re Right. It in your account――
(そうだ。君のアカウントでだ――」
「And, eh――
(え、と――」
「Quick! ――
(早く! ――」
「! Yes! ――
(! はい! ――」
 あまりの剣幕に意味も分からず、されどその動きを極力早くし、彼女がOZにログインしその端末に接続すると、パッ! と幾つかのウインドウが現れた。
「What? ――
(え? ――」
「Oh my god. I went! ――
(何てこった。入ったぞ! ――」
「The Out of the way Quick! ――
(どいて早くっ! ――」
 ほとんど引き剥がされる様に席から外されれば、一人の職員がけたたましく装置を操作していた。

「I ask――
(頼むぞ――」
「Go up…………Go up…………
(上がれ…………上がれ…………」

 皆が息を飲み、メインモニターのISSの機影とイエローラインに注視する中――――


 piとラインから逸れるように、機影が角度を修正したのだった。


「All right!」
「Yes!」


 NASAのコントロールルームを、歓喜の歓声が支配したのだった。


 ◇ ◇ ◇


 それはホワイトハウスで

「Yes!」
「Oh my god!」
 上がる歓声の中

「I did it, Prime Minister――
(やりましたね、総理――」
「大統領」

 レグランと海馬は堅く握手を交わし、暫くは我慢していたのだろう。思わず抱き締めあって喜びを分かち合った。


 ◇ ◇ ◇


 それは首相官邸で

「よっしゃーー!」
「だっしゃーー!」
 巻き起こる喜びの輪の中で

「やったな、健二」
「は、ははは、っと」
「おっと!」
 気が抜けたのだろう。思わず力を無くした健二を支え、吉田は

「さて、英雄殿にはそろそろ怪我人に戻って貰わねぇとな」
「はは、いやぁ、流石にちょっと……しんどかったなぁ」

 笑顔を浮かべる皆に担架に乗せられ、ゆっくりと運び出される健二に向け「おつかれさん」と静かに微笑むのだった。
 

 そんな光景をOZを通して見知る全ての世界で、それは歓喜の波となって駆け巡る。
 瞬間確かに、世界は喜びに震えた。そして――――


――08:49:27――


「やったーーーっ!」
「なになに? どーしたの?」
「やったやったっ! さっすが健二君!」

 陣内家もまた歓喜に震えていた。
「まったく、無茶をするもんですよ、健二君も。あなたも、ね」
「んだよ。相変わらずキツイな、万理子さん」
 万理子の小言に苦笑いで返すも、彼女が本気で苦言を言っている訳では無い事は分かっている。侘助もまた小さく笑みを漏らし、画面の中の自慢の馬鹿息子をコツンと叩く。

 首相官邸の監視カメラの映像と音声を、侘助は世界に配信した。
 ありとあらゆる回線にハッキングを仕掛け、手当たり次第に情報を拡散した。その行為が健二の助けになる確証は無かったが、それでも侘助はその可能性に賭けた。そしてそれは吉と出たという訳だ。
 無論、それはハッキングでありそれを成しているのがラブマシーンである以上、自分の関与は明白だ。違法行為をここ迄堂々と繰り広げたのだから、確かに万理子の言う通り
「無茶はお前の専門だったんだけどな? 婿さん」
 少しばかり、健二の真似をしてみたと言ったところだろうか? と自問してみる。だが、まぁ、返る答えは所詮――


「シシシ。ま、悪い気はしないわな」


――陣内家の気質と言ったところか、と定まってしまうのだった。


――08:51:16――


「しっかりな」
「お疲れさん」
 口々に浴びせられる言葉に笑みで返し、健二はゆっくりと担架で運ばれていった。
 やがて外に出れば丁度救急車が到着したところだ。開け放たれた後部ドアから運ばれる時、吉井と顔を見合わせる。
「よっ! また死に損なったな、健二」
「はは、どうもそうみたいです」
 憎まれ口も軽口も、いまはどこか心地良い。そして
「あとは俺達に任せて、ゆっくり休め」
「……はい」
 静かに握手を交わして、健二を乗せた救急車はドアを閉め、ゆっくりと官邸を後にする。その激動の一日を救急車の中で締めくくり、小磯健二はゆっくりと意識を手放していくのだった。


――08:53:16――


(早く奪い返せっ! (アラビア語――)
(しかし(アラビア語――)
(あんな若造になんて様だ! (アラビア語――)

 廃病院の中で怒声を張り上げるアブドゥルだが、叱責された部下としても突然にISSへの指揮権を奪われたのだから訳が分からなかった。
 第一、自分達の使っているパスワードもコードも、NASAの正式なものだ。それは秘密裏に自分達に渡されたものであり重要な鍵だった。それがここにきて全く機能しなくなってしまっては正直手の打ち様が無かった。
 無論、このまま手をこまねいていれば自分達の命に関わる事は自覚している。なんとか打開策を考えながらも
(もう一度NASAから設定を練り直せば、もしかしたら(アラビア語――)
 まだ可能性はある。そう言い含め様とした矢先、アブドゥルは人差し指を突き出しで言葉を遮る。
(……何か聞えなかったか? (アラビア語――)
(? いえ、別に(アラビア語――)
(確かに聞こえた(アラビア語――)
 部下の否定には耳を貸さず、アブドゥルは部下に合図し銃を取り、ゆっくりと通路へと足を運んだ。
 無人の通路に視線を走らせるがやはりそこには何も無い。だが、どうしても勘に触る空気を感じた――――時。

(敵だっ! (アラビア語――)

 アブドゥルの叫び声が合図であったかの様に、コン! コン! と数個の催涙弾が室内に転がされてきた。
(なんだ(アラビア語――)
 突然の襲撃に浮き足立つ中、周囲の空室から一斉に銃撃が浴びせらる。
 倒れる仲間を他所に反撃を開始しようとドアに数人が走れば、部屋の窓から数人がロープを使って飛び込んできた。
(こいつら! (アラビア語――)
(撃て! (アラビア語――)
 それでも反撃を諦めない者達は、その引き金を引くよりも早く頭部を撃ち抜かれた。それが狙撃だと気付いた時には、その気付いた者の眉間にも風穴が開けられた時だった。

(畜生! なんだこいつら! (アラビア語――)
「悪いな」
「!」
 アブドゥルがその声に気付いて銃口を向ける前に、バン! と銃声を響かせ彼の銃を持つ腕を撃ち抜いた理一は――

「拘束する……つもりは無いんだよ」

――世界に敵意を向けるテロリストに対し、誰にも見せない冷徹な顔を覗かせ、二度目の引き金を引きアブドゥルを完全に沈黙させた。

 こうして、陸自S第八分隊によるテロリスト掃討作戦は、その幕を苛烈に閉じたのだった。


――08:58:16――


 眠る健二を運んだ救急車は都内を走りぬけ、とある脇道へとその車体を侵入させれば、不意にその走行を停止させた。
 すると、その傍に停車していたバンの中から数人の男達が出てくればその後部ドアを開ける。救急車の前席からも二人は降り、中から開けられた後部には既に白衣を脱ぎ捨てた男が二人、健二を運び出す準備を整えている。

「Hurry――
(急げ――」
「I know――
(分かってる――」

 男達は健二の身体を運び担ぎ、そのままバンの中へと連れ込んだ。
 救急車の中から出てきた男達も共に乗り込み、バンはそのまま走り出した。




 その場に救急車だけを残し――――傷付き眠る小磯健二と共に……


――08:59:59――

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