暫く時間が空いたので、達也と別れて学校を見て回ることにした。
内部レイアウトが機械可変式の講堂兼体育館。地上三階地下二階の図書館。二つの小体育館。更衣室、シャワー室、備品庫、クラブの部室として使われている準備棟。食堂兼カフェテリア兼購買部も別棟になっており、それ以外にも大小様々な付属建築物が経て並ぶ第一項の敷地内は、高校と言うより郊外型の大学キャンパスの趣がある。
学校施設を利用するためのIDカードは、入学式終了後に配られる段取りになっている。
来訪者の為のオープンカフェも、混乱を避ける為にか今日は営業していない。
携帯端末に表示した校内図と見比べながら歩き回る事十五分、視界を遮らない程度に配置された並木の向こう側に、ベンチの置かれた中庭を発見した。
三人掛けのペンチに腰を落ち着け、携帯端末を開いてやり残した仕事をすることにした。
式の運営に駆り出されたのであろう、在校生が少年の前を少し距離を取って横切って行く。
彼ら、彼女らたちの左胸には一様に、八枚花弁のエンブレム。
通り過ぎて行ったその背中からは、無邪気な好意が零れ落ち、囁き合っていた。
―――あの子、ちょっとかっこよくない
―――こんなに早くから……張り切っちゃって
―――ちょっと、声かけようかしら
―――ちょっと、抜け駆けする気
―――そういえば、少し前の所にもウィードの子がいたわね
聞きなれた賞賛の言葉とあまり聞きなれない言葉が、少年の耳に流れ着く。
ウィードとは、二科生徒を指す言葉だ。
緑色のブレザーの左胸に八枚の花弁を持つ生徒をそのエンブレムの意匠から「ブルーム」と呼び、それを持たない二科生徒を咲かない雑草と揶揄して「ウィード」と呼ぶ。
この学校の定員は一学年二百名。
その内百名が、第二科所属の生徒として入学する。
国立魔法大学の付属教育機関である第一高校は、魔法技能師育成のための国策機関だ。
国から予算が与えられている代わりに、一定の成果を義務付けられている。
この学校のノルマは、魔法科大学、魔法技能専門高等訓練機関に、毎年百名以上の卒業生を供給すること。
残念ながら、魔法教育には事故がつきものだ。実習で、実験で、魔法の失敗は容易に「チョッとした」では済まされない事故へと直結する。
生徒たちはその危険性を知りながらも、魔法と言う自らの才能、自らの可能性に己が未来を賭けて、魔法師への道を突き進む。
それが、人格的に未成熟な少年障子であれば尚の事。
「輝かしい未来」以外の将来を思い描くことができなくなる。
それは決して悪いことではないが、その固定化された価値観であるが故に少なくない子供たちが傷を負うのも、また事実だ。
幸いノウハウの蓄積により、死亡事故や身体障害が残るような事故はほぼ根絶やされている。
事故のショックから魔法が使えなくなった生徒が、毎年少なからず退学していく。
その穴埋め要因が「二科生徒」である。
彼らは、学校に在籍し、授業に参加し、施設・資料を使用することを許可されているが、最も重要な、魔法実技の個別指導を受ける権利が無い。
独学で学び、自力で結果を出す。
それが出来なければ、普通科高校卒業資格しか得られない。
魔法科高校の卒業資格は与えられず、魔法科大学には進学できない。
魔法を教えるものが圧倒的に不足している現状では、才能あるものを優先せざるを得ないのだ。
二科生徒は最初から、教えられないことを前提として入学を許されているのである。
二科生を「ウィード」と呼ぶことは、建前としては禁止されている。
だがそれは、半ば公然たる蔑称として、二科生自身の中にも定着している。
二科生自身が、自分達はスペア部品でしかないと認識している。
「本当は、ただのミス発注が原因なんだけどな」
少年は、ボッソと呟いて、情報端末へと意識を向けた。