小説『魔法科高校の劣等生 〜不完全に完成した最強の魔法師〜』
作者:國靜 繋()

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 暫くして講堂への入場が可能な時間に為った。

 「早いが、行くとするかな」

 誰にも聞こえない程度に独り言を呟いて講堂へと向かった。

 講堂へと着くとまだ入場可能な時間に為ってから然程時間が経っていないにも関わらず、そこそこな人数が居た。

 入学式の座席指定は無いから、どこに座ろうが自由である。

 今でも、学校によっては入学式前にクラス分けを発表してクラス別に並ばせる古風なところもあるが、この学校はIDカード交付時にクラスが判明する仕組みになっている。

 従って、クラス別に自然に分かれる、ということもない。

 だが、新入生の分布には、明らかに規則性があった。

 前半分が一科生。

 左胸に花弁のエンブレムを持つ生徒。

 この学校のカリキュラムをフルに享受できる新入生。

 後ろ半分が二科生。

 左胸のポケットが無地のままの生徒。

 補欠的扱いでこの学校に入学を許された新入生。

 同じ新一年生、同じく今日からこの学校の生徒となる身でありながら、前と後ろでエンブレムの有無が、綺麗に分かれている。

 誰に強制されたわけでもない、にも関わらず。

 最も差別意識が強いのは、差別を受けている者である。

 それも一種の生きる知恵であるのは確かだ。

 あえて逆らうのも面白いが、龍弥は大人しく前の中央付近で、適度に檀上が見える席に着いた。

 それから暫くして、壁の時計を見ると入学式の開始時まであとに十分となっていた。

 今頃、最後のリハーサルをしているであろう”婚約者”である深雪の姿を思い浮かべ様として、龍弥は小さく頭を振った。

 深雪が、こんな直前にじたばたする筈がない。

 結局、何もすることが無くなった為、クッションの効いていない椅子に深く座り直して目を閉じようとしたのだが、

 「あの、お隣空いていますか?」

 声を掛けられたのだ。

 声で分かる通りの、女子生徒だ。

 「ええ、構いませんよ」

 空席もほぼ埋まっていたとはいえ、見知らぬ男子生徒の隣に座りたがるのかと、訝しむ気持ちが無かった訳でもないが、ここの椅子は座り心地はともかくサイズだけはゆったりと作ってあるし相手は少女としても細身の体型(横幅が、という注釈付だが)だったので、隣に座られても龍弥としては不都合などない。

 むしろ、むさ苦しい筋肉の塊に居座られるより断然マシだ。

 そう考えて、龍弥は愛想よく頷いた。

 ありがとうございます、と頭を下げて腰かける少女。

 その横にもう一人の少女が腰を下ろす。

 友人なのだろうか、この難関学校に二人も同時合格して、二人とも一科生という事は、二人とも優秀なのだろうなと思った。

 「あの……」

 偶然隣り合わせになった同級生に対するそれ以上の関心を無くし、視線を正面に戻した龍弥に、また、声を掛けてきた。

 間違いなく知り合いではない、肘が当たっているわけでも足が当たっているわけでもない。

 自分でもいうのも何だが、姿勢は良い方だと思っている。

 クレームを受ける様な事は、何もしていないはずだが……

 「私、光井ほのかっていいます。よろしくお願いします」

 と、首を傾けた龍弥に、予想の範囲外の自己紹介。

 初対面の人にアピールを進んでするようなタイプの少女には見えないからこそ、予想外だと思ってしまった。

 「四葉 龍弥です。こちらこそよろしく」

 そう思ったからこそ、優しく笑顔で自己紹介を返すと、驚いた表情をされた。

 「四葉って、まさか十師族のあの四葉ですか?」

 「まあ、他に無いからその四葉で間違いないよ」

 「ええええ」

 少し、声が大きかった為に人目を少しばかり集めてしまった。

 「そんなに驚くような事ではないよ」

 「でも、わたしたちと同世代で四葉って言ったら、最強の魔法師と呼ばれてる人しかですよ」

 「確かにいろんな言われ方をしているけど、最強の魔法師って呼ばれ方は少しばかり小恥ずかしいものを感じるからやめてくれるかな。それに隣の君のお友達を少しほったらかしにし過ぎだよ」

 「あっ、すみません。雫もごめんね」

 「別に大丈夫。それに驚いていたのはわたしも同じだから」

 「それで、えっと……」

 「北山 雫です」

 「四葉 龍弥です」

 お互い軽くお辞儀をした。

 その後、軽く会話をしていたら入学式が開始された。



 深雪の答辞は、予想した通り見事なものだった。

 この程度の事で深雪が躓くことなど、龍弥は微塵も考えていなかったが。

 結構きわどいフレームが多々盛り込まれていたが、それらを上手く建前でくるみ、棘を一切感じさせなかった。

 その態度は堂々としていながら初々しく慎ましく、本人の並外れた可憐な美貌と相乗して、新入生・上級生の区別なく、男たちのハートを鷲掴みだった。

 深雪の身辺は、明日からさぞかし賑やかだろう。

 それもまた、いつもの事だ。

 何だかんだ言いながら、深雪の事を溺愛しており、将来自分に嫁いでくる深雪に対して甘すぎる龍弥である。

 今すぐにでも深雪を労ってやりたかったが、生憎式の終了に続いてIDカードの交付がある。

 予め各個人別のカードが作成されているわけではなく、個人認証を行ってその場で学内用IDカードにデータを書き込む仕組みだから、どの窓口に行っても手続き可能なのだが、ここでもやはり自然と壁が生まれてしまう。

 深雪は多分というか間違いなく、そんなものは無視してしまうだろうが、彼女は新入生を代表して、既にカードを授与されている。

 そして今は、来賓と生徒会の人垣の中だ。

 「四葉さん、何組でした?」

 三人で窓口に移動し一列最後尾でIDカードを受け取った龍弥に、ほのかはワクワク感と若干のドキドキ感を隠せずに問いかける。

 「A組だよ。後龍弥でいいよ」

 龍弥は答えた。

 「私たちと同じクラスですね!」

 少し飛び跳ねて喜ぶほのか、少々オーバーじゃすちゃーな気がしたが、「たち」っていう事はどうやら雫も同じクラスの様だ。

 雫の方を見てみると、表情はあまり変わっていなさそうだが、喜んでいるように見えた。

 新高校一年生としてはこれが当たり前なのかもしれない。

 「これからどうします?私たちはホームルームへ行ってみようと思うのですが?」

 龍弥の顔を見上げながら訪ねてきた。

 新しい友人を作る為なら、ホームルームへ行くのが一番の近道であることは確かだが、龍弥はほのかの誘いに、頭を振った。

 「済まない。先約があるんだ」

 今日はもう授業も連絡事項もないと分かっている。

 諸手続きが終わったらすぐ、深雪と一緒に帰る約束をしていた。

 「そうですか」

 あからさまに残念がられると流石に罪悪感を感じてしまった。

 「まあ、そういう事だから二人ともまた、明日」

 そう言ってほのかと雫と別れ様とした時だった。

 「龍弥様、お待たせいたしました」

 講堂の出口に近い隅っこで話していた龍弥の背後から、待ち人の声が聞こえた。

 人垣に囲まれていた深雪だが抜け出してきたのだ。

 少し早いような気もしたが、深雪の気質を考えればころあいなのかもしれない、と龍弥は思い直した。

 諸侯性に欠けるわけではないが、お世辞やお愛想を嫌う潔癖症の傾向は否めない。

 子供っぽさ、と言えなくもないが、幼い時から褒められる機会には事欠かず、その分、妬み、やっかみ混じりの上辺だけの賞賛に晒される事も少なくなかった。

 自分の場合も、幼い時から褒められる機会には事欠かなかったが、妬みややっかみではなく、ただ純粋な恐怖から来る賞賛だったことは小さいころから既に気づいたいた。

 それを考えれば、チヤホヤされる事に多少懐疑的になっても仕方がない。

 今日は、よく我慢した方だと言える。

 振り返りながら「早かったね」と応えた、心算だったが、言葉は予定通りでも、イントネーションが疑問形になってしまった。

 予定されていた待ち人は、背後に予定外の同行者を伴っていた。

 「初めまして、であっているわよね?四葉君」

 「ええ、直接面識はこれが初めてですよ。七草先輩」

 人懐こい笑顔と言葉遣いを多少取り繕ったセリフに答えた。

 余り愛想のいい対応じゃなかったとはいえ、生徒会長・七草真由美は微笑みを崩さない。

 それが一種のポーカフェイスなのか、それともこの年上少女の意地なのか、会ったばかりの龍弥には判断がつかなかった。

 だが深雪にとっては、龍弥の傍らに親しげに寄り添う?少女たちの方が気になっているようだ。

 「龍弥様、そちらの方たちは……?」

 深雪は自分が一人じゃない事情の説明よりも先に、龍弥に一人じゃない理由の説明を求めてきた。

 いささか唐突の感はあったが、隠す必要は全くない。

 なので、直ぐに答えた。

 「こちらは、光井ほのかさん、そしてこちらが北山雫さん。二人とも同じAクラスなんだ」

 「そうですか……早速、クラスメートとデートですか?」

 可愛らしく小首を傾げ、含むところなんてまるでありませんよ、という表情で深雪が問いを重ねる。

 唇には淑女の微笑み。

 ただし、目が笑っていない。

 やれやれ、と龍弥は思った。

 どうやら、式が終わった直後からずっと、歯の浮くお世辞の十字砲火に晒されて、ストレスが溜まっているようだ。

 「そんなわけないだろ、お前を待っている間話していただけだよ。そういう言い方は二人に対して失礼だよ?」

 彼にとって深雪の拗ねた顔も可愛かったのだが、紹介を受けえて名乗りもしないのは、上級生や同級生の手前、外聞が余りよろしくない。

 龍弥が目に軽い非難の色を乗せると、一瞬だけハッとした表情を浮かべ、深雪は一層御淑やかな笑みを取り繕った。

 「はじめまして、光井さん、北山さん、司波深雪です。私も新入生で皆さんと同じAクラスですので、龍弥様同様よろしくお願いしますね」

 「ひ、光井ほのかです。こちらこそよろしくお願いします。、私の事は、ほのかって呼んでください」

 「北山雫です。私も雫で」

 「ええ、分かりました。私も深雪でおねがいします」

 三人の少女たちは、改めて自己紹介を交わした。

 すっかり打ち解けた様子の三人だが、置いてきぼりの感を自覚せずにはいられない龍弥だった。

 このまま突っ立てっているわけにもいかない。

 深雪に着いて来た生徒会長の一行が一緒だから邪魔者扱いされる事はないが、だからこそ何時までもこうしていては、通行の邪魔だ。

 「深雪、生徒会の方々の様は済んだのか?まだだったら、適当に時間をつぶしているぞ?」

 「大丈夫ですよ」

 達也の質問と提案に対する応えは、異なる相手から返された。

 「今日はご挨拶だけさせていただいただけですから。深雪さん……と、私も呼ばせてもらってもよろしいかしら?」

 「あっ、はい」

 真由美は笑顔で軽く会釈してそのまま行動を出て行こうとした。

 だが、直ぐ後ろに控えていた男子生徒が真由美を呼び止めた。

 「しかし会長、それでは予定が……」

 「予めお約束していたものではありませんから。別に予定があるなら、そちらを優先すべきでしょう?」

 なおも食い下がる気配を見せる男子生徒を目で制して、真由美は深雪にそして龍弥に、意味ありげな微笑みを向けた。

 「それでは深雪さん、今日はこれで。四葉君ともいずれまた、ゆっくりと」

 再度会釈して立ち去る真由美。

 その背後に続く男子生徒が振り返り、舌打ちの聞こえてきそうな表情を見せた。

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