小説『魔法科高校の劣等生 〜不完全に完成した最強の魔法師〜』
作者:國靜 繋()

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 通学・通勤の人波が、停車中の小さな車体に次々と、整然と乗り込んで行く。

 満員電車、と言う言葉は、今や死語となっている。

 電車は依然として主要な公共交通機関だが、その形態はこの百年で様変わりしていた。

 何十人も収容できる大型車両は、全席指定の一部の長距離高速輸送以外、使われていない。

 キャビネットと呼ばれる、中央完成された二人乗りまたは四人乗りのリニア式小型車両が現代の主流だ。

 動力もエネルギーも軌道から供給されるので、車両のサイズは同じ定員の自動車の半分程度。

 プラットオームに並ぶキャビネットに先頭から順次乗り込み、チケットパスから行先を読み取って運行軌道へ進む。

 運行軌道は速度別に三本に分かれており、車両間隔も交通管制システムでコントロールしながら低速軌道から順次高速軌道へと移動し、目的地に接近すると今度は高速軌道から低速軌道へシフト、到着駅のプラットホームへ侵入する仕組みとなっている。

 高速道路で車線変更をしながら走行する様なものだが、管制頭脳の進歩により高密度の運行が可能となり、何十車両も連結された大型車両を走らせるのと同じ輸送量が確保されている。

 これが都市間の中、長距離路線になると、キャビネットが収納して走るトレーラーが四番目の高速軌道を走っており、乗客はキャビネットを降りて大型トレーラーの設備を利用して寛ぐことができる様になっているのだが、通勤、通学に使われる事はほとんどない。

 昔の恋愛小説の様に、電車の中で偶然の出会いが、などと言うシチュエーションは、現代の電車通学では起こりえない。

 友達と待ち合わせるという事も出来ない代わりに、痴漢の被害に遭うなどという事もない。

 キャビネットの車内に監視カメラ・マイクの類はない。

 走行中の座席を離れることはできない様になっているし、席と席を隔てる緊急隔壁も装備されている。

 それ以上は、プライバシーが優先されるというのが社会的コンセンサスだからだ。

 電車は今や、自家用車と同じプライベートな空間になっていた。

 一人ずつしか乗り込むことが出来ない防犯措置が施されているキャビネットは、二人乗りを一人で使うことも可能だが、龍弥と深雪は当然、別々の車両を利用することはなく、今日も隣り合わせで通学電車に乗り込んだ。

 達也は、二人の邪魔をしない様に一人乗りの方に乗って通学している。




 登校したばかりの一年A組の教室は、雑然とした雰囲気に包まれていた。

 多分、他の教室も似たようなものだろう。

 しかし、深雪が教室に入ってきた瞬間教室内の雰囲気が変わった。

 昨日のうちに顔合わせを済ませた生徒も多いようで、既に教室のそこかしこで雑談の集団が形成されていた。

 話す内容は、聞き取れる範囲ではどうやって、深雪と話そうかだのお近づきになろうだのと予想の範囲内ではあった。

 ほのかや雫はまだ来ていない様なので、深雪とお互いの端末を探そうと、机に刻印された番号へ目をやっていた龍弥は、思いがけず名前を呼ばれて顔を上げた。

 「おはようございます。龍弥さん」

 声の主は、ほのかだった。

 「おはようございます。龍弥さん」

 続けざまにほのかと一緒に登校してきたのであろう雫が挨拶をしてきた。

 「おはよう、二人と」

  龍弥は片手を上げて挨拶を返し、二人の方へ足を進めた。

 「それにしても、深雪さん凄い人気ですよね」

 深雪の方を見ると、席で準備をしているだけで周りには誰も居なかったが、深雪を見ているのはクラス内だけではなく、廊下から他のクラスの人も覗き見ている。

 深雪も気苦労が絶えないな、とお思いつつもこの雰囲気の中声を掛けるのはなかなか勇気がいる。

 そう思って、二人の方に振り返るとほのかが、深雪の方へと駆けてった。

 「おはよう、深雪」

 「おはよう、ほのか」

 何気ない日常の挨拶風景だが、ほのかが深雪に挨拶した事を切っ掛けに男女問わず深雪に挨拶をしに行った

 「深雪も大変だな」

 ついつい、本音を漏らしてしまった。

 「龍弥さんは、これからが大変になると思いますよ」

 「どうしてだい?」

 龍弥にとって深雪ではなく、自分がこれから大変に為るのかが分からなかった。

 「龍弥さんは、四葉家次期当主ですから」

 「なら、尚更自分から俺に関わろうとする人は少ないのじゃないかな」

 「寧ろ逆です。龍弥さんに今の段階から媚を売ろうと考えている人の方が多いと思いますよ」

 「そんなものかね〜」

 龍弥自身、自分が四葉家次期当主であり『兵器として開発された魔法師』と言う伝統を忠実に守ってきた家の中で、完成された魔法師である事は自覚している。

 しかし、兵器たる自分に媚を売る意味があるだろうか?と言う疑問は、終ぞ答えを見いだせずにいた。

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