小説『涙の構造』
作者:ばろんおう()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

涙の構造

「涙って何でできか知ってる?」

そんなクサい事になるかもしれない会話を始めようとしたのは君だった。

だから僕は、なんとか茶化すのだった。

「涙って不思議」

君は少し寂しそうな顔をした後そう言った。





ふいにそんな事を思い出してしまったのは

休日の缶詰めのように人の多い山手線車両

窓の外には雨の一粒一粒が直線を描く。

何か心の奥に重たいものを感じるのは天気のせいだろうか。




「人間っていうのは70%は水でできているんだよ。」

「あっそれ聞いた事ありますうー」

「水の抵抗値は1センチメートルあたり17メガオーム、決して高いとは言えない。
だから感電という現象を起こすわけさ。」

「へえ〜先輩すごいっすねえ〜」

「結局この世の全て、抵抗なのさ」

「へえ〜・・・・」

「あっ!漫画とかで感電すると骨が丸見えになんの、あれなんなんすかね!」


大きさも淵の太さも異なる眼鏡をし、
色違いの大きなリュックをしょいながら話す、ボリュームの調整を知らない彼らの会話は結構前から続いている。
始めは眉間にしわをよせて厳しい目線を送っていた人もいたが、皆慣れてしまったようだった。
僕も気分が重いせいか始めは苛立っていたのだが、いつの間にかふと、もうどのくらい前になるかもわからない出来事の1つを思い出してしまったのだった。


彼らは秋葉原で下車したようだった。

「やっぱり秋葉だよね」

「うるさかったぁ〜」


所々で聞こえる声。

そんな声に賛成も反対もしないまま上野駅で下車をした。

こんな雨でも上野公園入り口前の信号で待つ人間は僕だけじゃないらしい。

雨のカーテンの向こう、上野公園を僕は目指す。

広い通りを歩いていると大きな美術館の入り口が右手にゆっくりと姿を現してくる。

ここもよく来たなあと考えて、ふと思い出す。

―入り口にこの世の物とは思えない程迫力のある彫刻があったな―

通り過ぎてしまったはずの右後ろを振り返ろうと勢いをつける─

と、右足のつまさきが段差にはじかれてバランスを崩してしまった。


「・・っ!」

大きな水溜りが急激に接近してきた。

そしていつのまにか─地獄の門(たしかそんな名前だったろう)─に顔を背け、水たまりに顔の右半分をつからせながら倒れていた。

耳元で水溜りの弾ける音たちが踊る。


地面を揺るがすような音がした。

「雷─?ヤダー」遠くでそんな声がいくつかした。



雷も空気や、その他もろもろの『抵抗』で、僕の所まで辿り着く事は無いんだな─。

海に顔をつけながら、僕は起き上がる事もせず考えてしまう。

涙の成分は98.0%が水,約1.5%のナトリウム・カリウム・アルブミン・グロブリンなどのほか、0.5%のたん白質─




僕の涙と、君の涙は混ざっただろうか。

そうしたら、かっこ悪く落ちた涙が空を映す事もあっただろうか。











-1-
Copyright ©ばろんおう All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える