小説『プライベート・ホスト』
作者:ウィンダム()

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男は心理的揺さ振りを掛けてくると、鋭い目で昭吾の目を見つめる。
 
   なんの話をされているのかわかりませんが・・・。

とぼける昭吾に男は静かな口調で、
 
   君には名前が2つあるようだ。
   ひとつは都内有数の学校S高校に通う真面目な高校生としての黒崎昭吾。
   だか、もうひとつの隠された名前、それはアキラと名乗り、夜な夜なセレブの相手を勤める
   プライベートホストとしての、もうひとりの君だ。

男はテーブルに肘をついて両手を顔の前で組むと昭吾を見つめて、
 
   君は、汚れたもうひとりの自分を、あの綺麗で品のある彼女に知られたくはないだろう?

と揺さぶりかけてくる。
どうやら玲子とのビジネス関係まではさすがの公安も把握できていないようだ。
昭吾は腹の中で笑うがとぼけて、
 
   なんの話をされているのか判りせんね。
   それに僕が、そのプライベートなんとかという証拠でもあるんですか?

男はニヤリと笑うと、
 
   あるとも。

と告げるとショルダーバックから一冊のファイルを取り出しテーブルの上に、バサッ、と放り出す。
 
   ゆっくりと見たまえ。

昭吾は出されたファイルを手に取り捲る。
するとそこには今まで昭吾が相手にしてきた多くのリピーターとの、
あられもない痴態を写した写真の数々だった。
絶句する昭吾を見ながら男は、
 
   我々が入手しているのは写真だけじゃない。
   ビデオ録画もあるし、ICレコーダーの音声録音もある・・・。

と告げると男はタバコに火をつけて一服する。

わなわなと震える手でファイルを持つ昭吾は、
 
   こ、こんなの肖像権違反だ、人権侵害だ、違法捜査だ、こんなものなんの証拠にもなるものか!

すると男は不敵に笑って、
 
   ふふん、甘いな君は、我々の捜査手法に関しては裁判所も認めている。
   従って、君が我々を告訴してみたところで無駄なこと。
   なんなら試に告訴してみるか? 
   我々は堂々と受けて立つし、それ以前に裁判所は君の訴えに対して門前払いを食らわせるさ。
   君に勝ち目はないぞ。

と余裕を見せる男に昭吾はわなわなと震えながら、
 
   クソッ!

とファイルをテーブルに叩きつける。
するとその音で周囲の客が驚き、昭吾たちを見る。
男は慌てて、
 
   おいおい、周囲の客が注目するじゃないか、
   困るんだよ君、そんなことされては。
   目立つことは行動の自由を束縛し遣りにくくするだけだ。

と言う男の言葉に思わず昭吾は笑い出すと、
 
   ん? 何がおかしい?
 
   いえ、なんでもありません。
   それより、僕をどうする気ですか?

男は笑みを浮かべると、
 
   我々は君に幸せを掴んでもらいたい。
   君のような天涯孤独な若者が、自分なりに懸命に生きる術を駆使して、
   有数の学校に通い自活している。
   さらに良家の令嬢という素晴らしい彼女をゲットしている。
   できるならば君は彼女の婿殿になって明るい未来を掴んで貰いたい。
   これは嘘偽らざる我々の本心だよ。

と昭吾を見つめると、
 
   だが、そのためには条件がある・・・。

昭吾は男を睨みながら、
 
   条件? どんな条件ですか。
 
   おいおい、そんなコワい目で私を見ないでくれよ。
   全ては国家の安寧秩序と、そして君の未来のためなんだ。

と笑うと空かさず話を進める。
 
   世の中、何事もタダで手に入るものはなにひとつない。
   それ相応の代償を支払わなければならない。
 
   どんな代償ですか。
 
   我々に協力して欲しい、そうすればもう一人の汚れた君は不問にしよう、永久にね。
   それだけじゃない、我々に協力してくれるならば、
   君は国家の治安維持に貢献したということで大きな報酬を得るだろう。
   と言ってもそれは金銭的なものではないがね。
   君という人間の評価となる。
   つまり国民としての君の格付け評価はハイクラスになるといことさ。
   そうすれば、これから先、君にとって決して損になるような作用とはならない。
   それどころか君が今の彼女と結婚したいと思うようになったとき、
   彼女の親族から誰一人として反対する者はいないだろう。
   君の未来はハイクラスな評価が全面的なバックアップとして作用をしていくことになろう。
   どうかな? 悪い話ではないと思うが、協力してくれるね?

昭吾は暫く思案すると、大きく溜息を吐いて、
 
   わかりました、協力します。
   で、指しあたって僕は何をすればいいんですか?

すると男はカプセル出すと、
 
   彼女と接触する機会があったとき、彼女にこれを飲ませて欲しい。
 
   なんですか? これ、
 
   極めて強い睡眠誘導剤だ。
   この中身を飲み物に混入させて飲ませて欲しい。
   これは無味無臭だから混入しても絶対にわからない特殊な薬物だ、そして・・・、

男は注射器のような物を出すと、

   これを彼女の身体に当ててくれ。
 
   これは?
 
   この容器の中に体内インプラント用の超小型のマイクロ電子タグが入っている。
   これを体のどこでもいいから当ててくれ。
   そうすれば彼女の体内にインプラントできるようになっている。

昭吾は出された注射器のような物をしげしげと眺めながら、

   当てるだけでいいんですね。
 
   そうだ。

昭吾は暫く考えると、
 
   あのぅ・・・。
 
   ん? なんだ?
 
   こんなことなら、なぜご自分でおやりにならないのですか?

と問いかける昭吾に男は苦笑しながら、
 
   自分でやれるなら、とっくにやっているさ。
   君なんかに頼みはしないよ。
   我々にできないからこそ君に白羽の矢を立てているんだ。

昭吾は興味を感じて、
 
   へえ、それはなぜですか?
   あなたは国家権力の尖兵ですよね? 
   だったら何でもできるでしょうに・・・。

男は問い続ける昭吾を笑うと溜息を吐き、
 
   ふふふ、君は痛いことを言ってくれるな。
   さすがに有数の高校に通うだけある。
   よかろう、少し話してやろう。
   君は知っているか知らないかは定かではないが、しかし、はっきりと言えることは、
   君が相手にしてきたセレブはただの成金女じゃないということさ。
   彼女達の背景には政治権力が控えている。
   そうなると我々も迂闊な手出しは出来なくなってくる。
   だから君に頼むんだ、君の素晴らしい未来の約束を報酬にね。

と笑みを浮かべる男を見ると、
 
   はぁ、そんなものですかね。
 
   そんなものだよ。

と笑う。
すると昭吾は話を変えると、
 
   ところで話を戻しますが、他にすべきことは?
 
   ない、君はいま私が説明したことを実行しさえすればいい。
   これは高価な装備品のひとつだから大切に保管してくれ。
   そして彼女からの接触依頼が来たら、確実に実行してくれ、頼んだぞ。

と告げると男は席を立ち、
 
   それと、私との接触も口外しないこと。
   それから使用済みの装備品は私に返納してくれ。
 
   どうやって返納するんですか?
 
   君の任務が終了次第、私が君の前に現われるよ。

そう告げると男は喫茶店を出て去って行った。

昭吾は工作員紛いな汚れ仕事を考える。
すると玲子のオンリーになるほうが絶対的に安全であることが改めて判ってくる。

公安ですら把握できない絶対的な安全圏。
世間の盲点を突く絶対的な安全圏。

それが玲子のオンリーだ。

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