小説『プライベート・ホスト』
作者:ウィンダム()

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数日後のこと。

昭吾の前に現われた例の男は玲子の前にも現われた。
学校から帰る途中の玲子の前に一台のグレーのスモークタイプ車両が停車する。
するとクルマから男が降りてきて玲子を呼び止める。
 
  やぁ、この間は協力ありがとうね。

とニコニコ笑う。
玲子は、
 
  あ、いえ、そんな。
 
  君もS高校に通っているの?
 
  え、は、はい、そうです。
 
  そう、ところで君の彼氏だけど・・・。
 
  え? 

玲子は思わず問い返すと男は、
 
  君の彼氏、黒崎昭吾くんさ。

玲子は恥ずかしそうに、
 
  いえ、彼氏だなんて、そんな、ただの友人です。

はにかみ答える玲子に、男は笑みを浮かべると、
 
  君の彼氏は優秀だね、将来有望な男だから君は絶対に彼を逃がしてはいけないよ、
  しっかりと彼の手綱を握ることだ、じゃ、元気でね。

と告げるとクルマを走らせ去っていった。
玲子はなんとなく嬉しさが込上げてくると久しぶりに明るい爽快な気分となった。

初夏の午後は明るい。

授業が終わり昭吾はアパートへ帰るため帰路に着く。
すると後ろから、
 
  アキラ!

と呼ぶ声がする。
昭吾は思わず振り返ると悪戯っぽく笑う玲子が立っている。
玲子はチョロっと舌を出すと昭吾に駆け寄る。
 
  やっぱり黒崎君ね!

玲子は憮然とする表情で立ち止まって自分を見る昭吾の周囲を回りながら、
 
  後姿を見てたら、ひょっとしたら黒崎君かなぁって思って、
  振り向くかどうか試にその名前で呼んでみたけど、やっぱり振り向いたわね。

笑う玲子に、
 
  どういうつもりさ? 魔子さん。

と冷ややかに答える。
 
  そんなに怒ることないじゃない。

昭吾は黙って玲子を見続けると顔をそらして歩き出す。
 
  待ってよ、

歩く昭吾に駆け寄る玲子は、
 
  たまには一緒に帰りましょうよ。

いつになくにこやかな玲子に昭吾は、
 
  プライベートタイムの俺には興味なかったんじゃないの?
 
  そうよ、この間まではね。
 
  この間まで?
 
  そう、この間、帰りがけにまた公安の人に呼び止められたの。

昭吾は興味を感じると、
 
  公安の人?
 
  そう、最初の人と同じ人だったわ。
 
  どんな感じの人?
 
  うん、なんとなくインテリみたいな感じの、ちょっといい男って感じの人よ。

昭吾は玲子の話から彼女に接触した公安刑事が、どうやら自分を脅迫し、
司法取引的な条件と報酬をチラつかせて、『任務』を押し付けた男と同一人物であることが判った。
しかし昭吾は、そのことを玲子に話してはいない。
というより話さないほうが良いように思えた。
昭吾はいつになく明るく機嫌の良い玲子を見て、
 
  で、その公安の刑事さんが、なんだって二度も君に接触してきたんだい?

玲子はにこにこ笑うと、
 
  その人ね、わたしにお礼をいいに来たのよ。
 
  お礼?
 
  そうよ、お礼よ、それとね、

と言うと玲子は言葉をとぎらせる。
その言葉の先には公安刑事から言われた、

  ・・・君の彼氏は優秀だね、将来有望な男だから、君は絶対に彼を逃がしてはいけないよ、
  しっかりと彼の手綱を握ることだ・・・。

と言う言葉が続いていた。

だが、玲子はそれを口にすることなく昭吾を見つめて微笑む。
そんな玲子の胸中を知らない昭吾は、
 
  それと? なにさ?

玲子は、昭吾を見つめてはにかむように、
 
  うふん、いいじゃないそんなことどうでも・・・。

と嬉しそうに誤魔化すと、
 
  ともかく、その刑事さんに会ってから考え変わったのよ。

昭吾は笑みを浮かべると、
 
  ふーん、そう。まぁ、なにはともあれ、それはいいことだ、歓迎するよ。
  君とはこうやってプライベートタイムで接したいね。高校生らしく。

玲子は意外な顔をすると、
 
  へえ、意外と道徳家なのね。
 
  別に道徳家を気取る気はないさ、ただ朝から晩まで『不道徳なアキラ』でいることはできないだけさ。
  せめてプライベートタイムくらい真面目な高校生でいたい、それだけさ。

昭吾は玲子を見ながら、
 
  君だって、そうだろう? 朝から晩まで『不道徳な魔子』でいるわけにはいかいなだろう?

と笑う。
 
  あら、言ってくれるじゃない、でも気に入ったわ、『不道徳な魔子』って、いいネーミングね。

と玲子も笑う。
 
  どう? わたしの家に寄っていかない?
 
  え、いいの?
 
  いいわよ、遠慮しないで、わたしとあなたは互いの秘密を共有しあう同志じゃない。

と笑う。

昭吾と玲子はK駅北口から南口を抜けると繁華街を出る。
北口繁華街の大規模さから比べると、南口の繁華街は道路が狭く小規模だがそれなりに味のある繁華街だ。
時折狭い道路をバスが通る。
そのまま南へ歩くとやがてI公園が見えてくる。
この公園は過去に何度も映画やドラマの舞台となった名の知れた公園だ。

公園に近づくと玲子は、
 
  わたしの家はこの公園を越えた向こう側にあるわ。

と説明する。
昭吾と玲子は公園に入ると初夏の明るい午後の公園をそぞろ歩きした。

新緑が茂る樹木の間を爽やかな風が抜けていく。
まるで森林の中を歩くような爽快さがある。
暫く歩くと眼前に広い池が広がり噴水が見えてくる。
 
  へえ〜、君の家はこの公園の近くなんだ。
  なかなかいい環境だね。
 
  そう、わたしこの公園とても気に入っているのよ。

二人は池を横断する橋を歩きながら周囲を眺める。
昭吾は立ち止まって広い池を見渡すと、
 
  いいね〜。
 
  そう、この公園気に入った?
 
  うん、気に入ったよ、この公園、あるのは知っていたけど、来るのは今日はじめてだよ。

昭吾は橋から公園の周囲を見回す。
 
  感激だな〜。
 
  そう? なんか大袈裟ね。

笑う玲子を見て、
 
  いや、感激するさ。
  君みたいな綺麗な子と、こんな公園を歩けるなんて、
  青春ドラマのワンシーンみたいだ。
 
  そう? こんなわたしで良かったらいつでも歩いてあげるわよ。

玲子は微笑みながら昭吾を見つめる。
二人は歩き出すと、やがてボート乗り場に辿り着く。
 
  ねえ、今度二人でボートに乗らない?

昭吾といるときの玲子は常に積極的になる。
 
  いいね、是非君と二人で乗りたいね。

昭吾と玲子はボートに乗る男女を見ながら、
短い橋を渡ると長く続く広い敷地を通り抜けると住宅街に入る。
立派な邸宅が並ぶ御屋敷街といった感じの住宅街だ。
そんな住宅街の一画に玲子の家はあった。
 
  ここよ。

玲子が示す邸宅を見る昭吾は感心しながら、
 
  へえ、驚いた。やはり君はいいとこのお嬢さんだったんだ・・・。

玲子はインターフォンを押すと、
 
  ただいま帰りました。

と告げると、カチッと音がする。
どうやらオートロックらしい。
玲子は門を開けると、
 
  どうぞ、入って。

昭吾を促すと敷地内に入る。
あたり一面を青い芝で覆われた庭と白いイスとテーブルが置かれたテラスが見える。
玄関に近づくと、
 
  あ、お嬢様、お帰りなさいませ。

とメイドが出迎えてくる。
メイドは玲子の鞄を持とうとすると、
 
  あ、いいです、自分で持ちますから。

と断ると、
 
  それより、お友達を連れてきましたから、
  お茶の用意をお願いします。

  かしこまりした。

メイドは一礼すると室内に戻っていった。
 
  どうぞ入って。

玲子は昭吾を促すと玄関に入り応接間へ案内する。
室内は洗練されたインテリアと高価な調度品などに囲まれ、
北欧的でハイソな雰囲気を醸し出している。
玲子はソファに座ると、
 
  どうぞ、座って。

と昭吾に促す。
昭吾は室内を見回すと、
 
  へえ、なかなかハイソなんだね。

感心していると、さっきのメイドがコーヒーとケーキを運んでくる。
そしてテーブルの上に置き玲子と昭吾の前に並べる。
  
  ありがとうございます。

玲子はメイドに軽く頭を下げるとメイドは一礼して部屋から出た。
昭吾はその一部始終を見て、
 
  なぜ、メイドに丁重な言葉を使うの?

すると玲子は当然といった感じで、

  当たり前じゃない、そんなこと。
  頭ごなしに命令する人なんて、そんなの何処にもいないわよ。
 
  へえ、そう、よくドラマなんか見ていると、命令口調で扱うシーンがあるけど、

玲子は笑って、
 
  そんなの大昔の話よ。
  あの人達に気持ちよく働いてもらうには、丁重な言葉で頼むのが一番なのよ。
 
  へえ、そんなものかな。
 
  そうよ、それにわたしはこの家の娘であって、あの人達の雇用者じゃない。
  あの人達の雇用者はあくまでもわたしのパパ。
 
  なるほどね。
  君は意外に弁えているんだね。
 
  そう思う? これもわたしへの躾のひとつよ、
  わたしは礼儀正しい娘でいなければならないから。 

昭吾は玲子を見ながら、
 
  案外大変なんだね、君も。
 
  そうよ、良家のお嬢様なんて窮屈なものよ。

玲子はコーヒーに手を付けない昭吾を見て、
 
  あ、遠慮しないで、食べて。

と促されたので頂くことにした。

上等なコーヒーに上等なケーキ。
今までビジネスタイムでしか口にすることが出来なかったものが、
初めてプライベートタイムで口にする。
暫くすると玲子は、
 
  ねえ、わたしの部屋にいきましょうよ。

と誘う。
多くの女を相手にしてきた昭吾はその意味を即座に解すると、
 
  いいの? 今日来たばかりだけど。
 
  いいわよ、行きましょう。

玲子は昭吾を自分の部屋へと連れて行く。

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