小説『プライベート・ホスト』
作者:ウィンダム()

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その日を境に玲子からのメッセージはピタリと来なくなった。

そして玲子と会うこともなくなった。
昭吾には従来どおりのビジネスに励む日々が戻ってきた。

ところがそんな或る日のこと。

授業が終わりアパートに帰るため、校門を出ようとしたところへ玲子が呼び止める。

   ちょっと、お話があるんだけど・・・。

昭吾は怪訝な顔で、
 
   なに? ビジネスの話ならお断りだよ。
 
   そうじゃないわ。
 
   なら、プライベートなこと? 
   でも、君は確かプライベートの俺に興味なかったんじゃないの?
 
   そうじゃないってば!
 
   じゃあ、なにさ。

玲子は昭吾を見据えると、
 
   あなたに警告しに来たの。

昭吾は怪訝な表情を浮かべると、
 
   警告? 警告って何さ。
 
   ここではお話しすることができない。
   どこか人目につかない所じゃないと・・・。

昭吾は思案すると、
 
   そうだな、じゃ、喫茶店でもいくかい?
 
   いえ、学校の外はダメ、校内のほうが返って安全よ。

校内のほうが安全? 
妙なことを口走る玲子に不審な思いを抱く昭吾。
そんな昭吾を他所に玲子は校内を見回すと、
 
   そうね・・・、あそこのグランドの観覧席に行きましょうよ。

玲子と昭吾は観覧席に行くと腰を下ろす。
 
   で、警告ってなにさ。

昭吾は遠くを眺める玲子に聞いた。
 
   この間ことなんだけど、学校から帰る途中、私服警察の人に呼び止められたの・・・。

昭吾は一瞬、緊張が走る。
 
   警察?
 
   そう、警備警察と言っていたわ。
 
   警備警察?
 
   公安警察のことよ。

昭吾は話を聞きたくなり、
 
   で、なに? 話してよ。
 
   詳しいことは話してくれなかったけど、なんでも警察の人が言うには、
   治安上の警戒対象としてマークしている女性がいて、その女性と関係を持つと見られるリストから、
   三人の人の顔写真を見せられたわ、そのなかにあなたの写真があった。
   そして、この三人の中で知っている者はいるか? と聞かれたわ。

昭吾は思わずゴクリと唾を飲む。
 
   で、君はなんて答えたんだ。
 
   最初わたしは知らないと答えた。
   でも、刑事さんが、あなたの写真をわたしに見せて、
   彼と付き合っていることは知っているよ、と言われたわ。
 
   それで?

玲子は笑みを浮かべると、
 
   わたしは言ったわ、確かにわたしが付き合っている彼は、この写真の人によく似ているけど、
   でも、警察の厄介になることなんてなにもしていません、と答えたの。
   ついでにその写真の人と彼とが同一人物であるという証拠がありますか?
   と言ったら、ニヤニヤしながら、いや、まあ、とか言葉を濁すと、ご協力ありがとうございました。
   と言ってそそくさと帰っていったわ。

黙って聞いている昭吾に、
 
   ねえ、あなた何か心当たりないの? 
   たぶんその女の人って、あなたのリピーターじゃないかしら・・・。

昭吾は暫く思い巡らせる。
 
   いや、わからない、まったく心当たりがない。

リピーターのプライバシーなど知る由もない昭吾にはまったく見当がつかない。
そんなことより昭吾のリピーターとなっているセレブの中に、
公安からマークされるような政治犯的な者がいたことが信じられない。
いったい誰なんだろうと思いを馳せていると、
 
   どうするの? これから先。

と玲子が問いかける。
 
   どうするって、別にどうもしないさ。
   今までどおりに生きていくさ。
 
   そう、でもマークされてしまったことは確実なのよ、あなたは行動を逐一監視されることになるわ、
   もっとも、わたしも同じだけどね・・・。

玲子は沈黙する昭吾に、
 
   でも安心してね、わたしはあなたとのビジネス関係については死んでもしゃべらないから。

昭吾はその言葉に少し安心したのか、
 
   そう、ありがとう。

玲子は笑みを浮かべると、
 
   それより、あなたの方が心配だわ、
   公安に捕まってなにもかもしゃべってしまうんじゃないかと・・・。

昭吾は玲子の心配を笑うように、
 
   しゃべる? 俺が? まさか。
   ビジネスは信用第一だからね。
   君と同じように拷問に掛けられたってしゃべらないさ。
   それに、俺のビジネスは、それを立証できる証拠がないからね、仮に嫌疑をかけられたって、
   そんなことどうにでも言い訳は立つし、言い逃れていくことができるのさ。

玲子は自信たっぷりに答える昭吾を見て、
 
   そうかしら?

疑問を投げかける玲子に、
 
   そうさ、なら君とのビジネス関係について、これ、誰がどうやって証明できるのさ。
   女子高生の君が同じ高校の男子生徒をカネで買っているなんて、誰がどうやって証明できる? 
   君と俺のどちらかが口を割らない限り立証不可能なことさ、違うかい?

   それはそうかもしれないけど・・・。
   じゃあ、リピーターとホテルで待ち合わせているところを把握されたどうするの?

昭吾は笑いながら、
 
   ハハハハハ、だから何さ。
   仮にそれを把握したところで、そんなこと状況証拠に過ぎないさ。
   そんなもので何ができるのさ、せいぜいカツアゲのネタにでもするのが関の山じゃないか。
   相手は官憲なんだろう? 
   官憲がそんなヤクザ紛いのことをするなら遣ってみればいいさ。
   事と次第によっては職権乱用で訴えられるんじゃない? 
   相手が公安警察なら訴えられた公安は法廷の場で捜査員の面と実名が曝される。
   それだけじゃない、そんなヤクザ紛いの捜査手法が暴かれれば、
   週刊誌はこぞって面白おかしく書き立てるだろうね。
   そう考えれば世間に知られて困るのはむしろ官憲のほうじゃない? 
   断っておくが俺のリピーターはセレブさ、そこいらのオバサン達とは訳が違う。
   迂闊なことをすれば官憲の首が飛ぶだろうさ。

と不敵に笑う。

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