「やめて! お願い……やめて!」
「おい、高橋。お前の家族おかしいよな」
「生意気なんだよ!」
「こいつの教科書隠してやろーぜ」
「やめて……」
泣き叫ぶ私をよそにクラスメイトの男子達は私の教科書を隠しにどこかへ行ってしまった。
私の周りからはただ、静寂があるだけ。
しばらくして聞こえてきたのは近所の主婦達の声。
公園の真ん中ですすり泣いている私を見ても、誰も声をかけようとしなかった。それは私が高橋家の人間だから。
ただ家庭内の環境が悪いと言うだけで、どうしてここまで迫害されるの? どうして……こんなに辛い思いをしなければいけないの。
ねぇ見て、あそこ。高橋さんのところの……
本当だわ、何してるのかしら。あんなところで
声、掛けたほうがいいんじゃないの?
いいのよ、放っておきましょ。不幸が移るわ
遠くから聞こえてくる声、蔑むような視線。私にとってはどれも苦痛だった。
別に助けてほしいわけじゃなかった。ただ、誰もが見て見ぬふりをすることに虚しさを覚えた。人間とは非情で自分しか見えていないのだと。
高ぶっていた気持ちが落ち着いてきたのか涙は止まっていた。驚くほど冷静で教科書はどこにいったのだろう、とそんなことを考えられるようになっていた。
「ねぇ、何してるの? 服が汚れちゃってるよ」
「……あなた、誰」
「そんなことより、どうしたの? 傷もあるし……大丈夫?」
「へ、平気! だから……」
「……ごめんなさい。さっきのこと見ていたの」
「……そう、でもあなたには関係ないし」
「そうかもしれないけど、一緒に探すことは出来るよ」
「探してくれるの? 一緒に」
「もちろんだよ、もうすぐ暗くなっちゃうし、早く行こう!」
私の手を取り走り出す彼女は、私の陰鬱な気分を取り消すかのような笑顔を見せてくれた。それはとても輝いていて私は救われた。
教科書を探しながら、彼女は色々なことを教えてくれた。親の出張で引っ越してきたこと、もうすぐ別の所に引っ越さなければならないということ。
そして、最後の思い出作りに町を探索しているところで私を見つけたこと。
彼女は自分の力不足で助けられなかったことを悔やみ詫びてくれた。私としては一緒にこうしてくれるだけで十分だった、今までには手を貸してくれる人間なんてこれっぽちもいなかったからだ。
彼女と友達になりたい、そう思った。
しかし彼女はもうすぐ引っ越してしまう、それになにより恥ずかしくて言えそうになかった。
「あっ! これじゃないかな」
「よかった、見つかって……」
「暗くなる前に見つかってよかったね」
「ありがとう、一緒に探してくれて」
「いいよ、これぐらいしか出来ないから」
「……そんなことないよ」
「え、何か言った」
「そっか。そういえばもうそろそろ帰らないと」
「私も帰らないと……」
「私帰ったら御夕飯のお手伝いしないといけないから、またね!」
掛けだしていく彼女を見ながら、聞けていなかったことを聞きたいと思った。
「ねぇ! 名前はなんて言うの?」
――……か、い……ち……って言うんだぁー。