そういえばもうすぐ母さんの命日だったな、母さんの墓参りに行くなら実家にもよらないと。そうすれば、当然父さんにも会わなければならない。苦渋の決断だな、父さんには会いたくない、けど母さんの墓参りには行きたい。
「……ねぇ、千恵美。私千恵美のことはよく分かってるつもり、だから何考えてるかくらいは分かるわ」
「みちる……」
「この際、千恵美の思ってること全部打ち明けた方がいいんじゃないの?」
「そうね、考えてはみる」
とは言ったものの、父に会いに行くつもりは毛頭なかった。みちるのいうことはもっともだ、しかし私が平気ではいられない。父に会うということは、今まで背を向けていたことに目を向けるということ。
それは私にとって多大な勇気を要するもので、今の私にはできるわけがない。よほどのことがない限りあの男には会いたくないのだ、それに一人ではあの地に踏みいることさえできそうにない。
「千恵美、また難しい顔してる。でも……何も言わないわ、千恵美自身が決めて」
「うん……ありがと」
「さ、夕食にしましょ。今日は私が作るわ、何か食べたいものはある?」
「みちるの作るものは何でも美味しいからね、何でも良いよ」
「そう? それじゃすぐに作っちゃうわね」
私が落ち込んでいるとみちるはいつもスープを作ってくれた。今日の夕食にもそのスープがでていた、無言の気遣いに私は泣きそうになった。みちるの料理はとても美味しい、しかしこのスープだけは他と違う暖かみがあった。その暖かみが私は好きなのである。
「相変わらずみちるの料理は美味しいね、ありがと」
「ふふ、そんな大げさよ。喜んでくれて嬉しいわ」
「色々と考えてみるよ……なるべくいい方に」
「……そう、それじゃ今日はもう寝ましょ」
「そうだね、片付け……手伝うよ」
「ありがとう」
――明け方、何度もうるさくなる電話に起こされた。発信番号を見てみると雅人さんからだった。なんだか嫌な予感がした私は決意を固めて受話器を手に取る。
「……はい、もしもし」
「あぁ、千恵美ちゃんかい? こんな時間に済まないね、急ぎの用なんだ」
「いえ、それはいいんです。もしかして……兄に何か」
「違う……と言いたいところだけど、残念ながら」
「そうですか、それでいったい何が……」
「それが、この間孟君が起こした事件があっただろう。その時の共犯が捕まったんだ」 「それは、良いことなのでは?」
「あぁ、それだけならね。しかし妙な証言をしていてね」
「妙な発言とは、何なんですか」
「孟君に脅された、そう言ってるんだ」
「……それは、もしかして」
「孟君に罪をきせようとしている、ということになる」
「そ、んな……兄はそんなことするはず!」
「大丈夫、孟君を疑っているわけじゃないんだ。けどこのままじゃ孟君が問題だ」
雅人さんが必死に何か言っていた。しかし私の耳には何も届かなかった、段々と視界が揺らぐ。薄れ行く景色の中で私の名を呼ぶみちるの声が聞こえた。