『昔々あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました――』
そんな最初の一文を見てうんざりした桃太郎は手に持った本を勢いよく閉じた
「今時、こんな古い本通用するかよ」
彼の名前は桃太郎、正確には桃太郎3世である。正しい名前は○○村の吉三郎だったりするが親も含めて村の皆は忘れていたりする
そんな彼の親は何を隠そう、かの有名な桃太郎の子供であるのだが、生憎と三男だった。今では立派な百姓だ
こんな家に生まれた桃太郎は普段から祖父の英雄伝みたいな昔話を延々と枕元で毎日のように聞かされたのだから桃太郎の話しなぞ大嫌いである
いつかこんな家なぞ出ていってやろうと思っていた矢先に父から鬼退治に行けと家を追い出されてしまった。やはり毎日のように家でゴロゴロしていたのが良くなかったらしい
そんなこんなである日、突然家を追い出された桃太郎は腰には使えるのかどうかもわからない刀を腰に差し、右の脇には阿呆のように分厚い鬼退治の仕方を示した本を携えて鬼退治に行く事となった
「それに鬼退治といっても黍団子すら無いぞ。あれか、これがソロプレイというやつか」
文句を言いながらも鬼退治をするしか無い桃太郎は無償で鬼退治を手伝ってくれるボランティア精神の溢れるお供を捜すことにしました
桃太郎がしばらく小石をける遊びをしながら道を進んでいると真っ白な毛をした犬が現れました
ほんの通りすぎて少々、桃太郎も引き気味ですが、この際だから声をかけてみました
「そこの犬さんや私と一緒に鬼退治に行ってくれないかね。報酬は後払いになりそうだが」
「BOWWOW!! BOWWOW!!」
桃太郎の質問に対して犬は吠えるばかりでした
残念ながら現桃太郎には初代のように犬と心を交わすことが出来なかったようです
案外餌付けでもすればどうにかなりそうですか生憎と桃太郎は何も持っていませんでした
犬も桃太郎に飽きたのかとても軽快とはいえないヨボヨボな走りで去って行きました。しばらくするとお爺さんが一人、息も絶え絶えな様子で手にリードを握り締めて走って来ました
「そ、そこのお方、このあたりでヨボヨボで如何にもバカそうな顔をした白い犬を見ませんでしたか?」
「えぇ、そのような犬なら先程あちらの方に走って行きましたよ」
桃太郎は先程の犬が走っていた方向を指さしました
「あちらの方ですな。どうもありがとうございました」
お爺さんは桃太郎に丁寧におじぎをすると再び走って行きました。去り際のお爺さんから「あの阿呆犬殺してやろうかの」とか言ったことが桃太郎の耳から離れませんでした
ひょっとすると父もそのような気持ちで自分を鬼退治にいかせたのかもしれないと思うとゾッとしました
「ちょっとだけ鬼が島を見たら帰るとしよう」
桃太郎は決意と小石を新たにして道を歩き続けました
本来ならば道端の桜の木から桜が鬱陶しい程に咲いている時期なのだが、先日の雨で桜が全て散ってしまったのか木ばかりが地面から生えてるばかりで見ていても何ともつまらないものでした
「本当ならパァッと桜の花が咲いてその下ではどんちゃん騒ぎしている奴らもいただろうにな」
「えぇ、全くその通りでっせ。そうしてくれたらあっしも酒や食い物にありつけていたというものを」
桃太郎は自分の独り言に返答がくるとは思っていなかったのでおっかなびっくり辺りをきょろきょろと見回しますが人っ子一人見えません
「まったくどこを見てるんでっか。上でっせ上」
そう言われた桃太郎は自分の上にある枯れた桜の木を見ました。枯れた木の上には一匹の猿が枝と枝の間に器用に座っていました
「猿が言葉を話すとはびっくりしたな」
「あっしは何も特別なことはしていないのですがね。あんさんが特別なのとちゃいますか?」
猿はさも当然のように桃太郎に話しかけました
話しかけられた桃太郎はというと最初は驚きましたが祖父が動物と話が出来たのだから、自分も猿ぐらいとは出来るだろうと納得しました
「私は桃太郎というのだが猿さんや。私と鬼退治に行かないかね?」
「鬼退治ですかいな。あんさんもまた古臭いことをやっていますねんな。それに今時そんなこと時間の無駄というものでっせ」
「そう言われても鬼退治でもしない限り、私も家に帰れないからな」
「まぁ、そないな事情があるならお供しまっせ。でも、鬼ヶ島見てがっくりしてはいけまへんで」
「おぉ、何かわからないが随分頼もしいですね」
「そうやろそうやろ」
猿は桃太郎の言葉に気を良くしたのか桃太郎が聞いてないことまでべらべらと話し始めました
「あっしの家はこれでも昔は立派なものでしたねんで、それを先々代が蟹にちょっかい出してばかりに臼や蜂などにシバかれて、今ではあっしの家は蟹の面倒を見る立場でっせ」
そう話す猿はどこか遠い目をしていました
桃太郎はというとどのように相槌を打てばいいのか分からずに完全に固まっていました
そんな桃太郎の様子など、どこ吹く風な猿の愚痴と昔話は留まるところを知りません
「この間なんて庭の木を剪定していたら、蟹の餓鬼どもが青い柿を投げつけて来たんですわ。それがボカッと後頭部に直撃したもんですから木から落ちそうになったんですわ。やっぱりね青い柿は投げてはいけませんわ」
「…………」
「いや〜、久々に誰かと話をすると弾みますな。っと、桃太郎はん船着場に着きましたよ」
桃太郎たちが到着した場所は寂れて今にも崩れそうな掘っ立て小屋とところどころ穴が開いた船が並べられている船着場でした
「あれで渡るのか?」
桃太郎が指さした先には苔がむしり、船首には何度も穴を塞いだ後のある木製の舟でした
「いや、桃太郎はん銭持ってないんでっしゃろ」
「……全く持ってないな」
「持ってたらあっちの立派な船に乗れたんですけどな」
猿は掘っ立て小屋から数メートル先の立派な船着場を指さしました。その看板にはデカデカと浦島高速船乗り場と書いてありました
船着場にはそれは立派な高速船と客が並んでおり大変盛況な様子でした
「これは完全な嫌がらせだろ」
さすがの桃太郎も、この寂れた船着場の持ち主に同情する気になりました
「まぁ、この船着場の主はあっしの知り合いですからただでボート貸してくれまっせ」
「それは心強いのか? すごく沈みそうなのだが」
「おや、お客さんですか。船着場兼土産屋、狸兎屋(ことや)にようこそ」
二人の話し声が聞こえたのか潰れそうな掘っ立て小屋から出てきたのは一匹の狸店主でした
「よう、狸の旦那久しぶりだな。奥さんは元気かい?」
「元気すぎるほどに元気さ。今は配達の仕事に出てるよ。それに比べて俺は情けないよ」
「隣にあんなのが出来れば仕方ねぇじゃねぇか。それよりも鬼ヶ島に行きてぇんだボートを一つ貸してくれへんか」
「久々の客だ。とっておきのを貸してやるよ。この泥舟なんてどうだ」
狸がそう言いながら二人に見せたのは打ち寄せる波で今にも崩れそうになってる泥で出来た船だった
「おい、背中に唐辛子塗ったろか?」
「おいおい、勘弁してくれよ。これでもあれはトラウマなんだから」
「そのトラウマを作った相手と結婚してるのだから世の中何があるか分からんもんやで」
「おいおい、昔の話だろ何時まで言ってるんだよ。それに俺も若い頃は色々やんちゃしてたから色々あるんだよ」
狸は照れているのか、湯気が出そうになるくらい顔を真っ赤にしながら耳の裏をポリポリと掻いていた
それを見ている猿はニヤニヤしながら狸をおちょくり続けていた
「昔話はそのくらいにしてまともな舟を貸して欲しいのですが」
「あぁ、そうでしたね。うちの妻の作品ですから速さは保証付きですよ」
狸が先程の泥舟の横の幕を取っ払うと立派な木造の舟が現れた。掘っ立て小屋の前に置いてあった舟とは違い丁寧に手入れがしてあり穴どころか苔さえついていなかった
「うちにある舟で唯一まともに海に浮かべられる舟です」
狸はひと通りの説明を二人するとしっぽをズルズル引き釣りながら掘っ立て小屋へと戻って行きました
「なんか哀愁ただよう背中だったな」
「狸はんも昔はもっと景気が良かったんですけどな。今ではあの尻尾と同じようにズルズルと借金を背負うハメになっていますわ」
「ただで舟を借りて悪かったな。帰り鬼ヶ島土産でも持ってくるか」
「饅頭くらいしか無いと思いまっせ。さ、鬼ヶ島にさっさと行くとしましょ」
猿はそう言うと舟のオールは桃太郎に渡して舟に乗り込みました
「おい、私が舟を漕ぐのか?」
「ただで舟を借りれるように交渉したんでっから、桃太郎はんが舟を漕いでくれてもいいでっしゃろ」
「面倒くさいな」
「銭があればあれに乗れたんですけどな」
猿は隣の船着場に止まっている高速船を指さした
相変わらず客は多いようで盛況な様子だった。3分の1くらいは狸に客を譲ってやってもいいのではにだろうかと思ってしまう桃太郎だった
桃太郎が必死に舟を漕ぐことおよそ一時間、ようやく鬼ヶ島が見えてきました
「桃太郎はん、あれが噂に聞く鬼ヶ島でっせ。仰山、舟が止まってますな」
「おい、猿、何でそんなに鬼ヶ島に舟があるんだよ」
「あれ? 言ってませんでしたっけ? 鬼ヶ島は今巷で最もホットなレジャースポットなんですよ」
「何で鬼ヶ島がレジャースポットになってるんだよ!!」
「近年湧きでた豊富な温泉を元に一大温泉街がある島として有名でっせ。しらなかったんでっか?」
猿は船着場で貰ってきた鬼ヶ島のパンフレットの内容をそのまんま桃太郎に説明した
「……それじゃあ鬼退治なんて出来ないじゃないか。糞親父め、少しは調べておけよ」
「だからがっかりしてはいけまへんでって言いましたやろ」
「予想外過ぎた」
一気に目的をなくした桃太郎は力なく鬼ヶ島に上陸、観光用の写真パネルに顔を突っ込んでみたり、物々交換で奇跡的に狸にお土産用の温泉まんじゅうを確保したりして桃太郎は鬼が島をひっそりと去った
船着場に戻った桃太郎は無言でお土産の温泉まんじゅうを狸に渡すと特に目当てもなくふらふらと歩き出した
しばらく歩くと町にたどり着いた二人はふらふらと歩き続けるが人にぶつかるは茶店の椅子にぶつかるはで歩く迷惑そのものだった
「桃太郎はん、親の期待に答えられずにショックなのは分かりますが、そない気を落とさなくてもいいでっしゃろ」
「あの糞親父のことだ。鬼退治するまで家には帰れないということは俺は野垂れ死ぬしかないのか?」
「それなら食うために働きましょ。あれなんてどうでっか?」
猿の視線の先には猿回しが曲劇を行いそれを見ていた町人たちがお金を投げていた
「……そうだな。この際働いてみるとするか」
そんな決意を新たにした桃太郎に向かって走ってくる人影が一つ
「そこのお方、すまねぇが、その分厚い本と僕の持っている蜜柑を交換してもらえませんかね?」
「蜜柑か…… まぁ別にいいだろう」
しばらく考えた桃太郎ですが特に深くは考えずに青年に本を渡してあげました
いきなり桃太郎の話しかけてきた青年は持っている蜜柑を差し出すと桃太郎の本をひったくるように奪い走って行きました
「礼儀のなってないやつだな」
「桃太郎はん、その蜜柑あっしと半分こでっせ」
「あれは俺の本だったんだぞ。何でお前と半分こなんだよ」
「あっしはこれから一緒に働くパートナーでっせ。そのくらいは当たり前でっしゃろ」
「……しょうが無いな。しっかり働いてくれよ」
桃太郎はそう言うと持っていた蜜柑を半分に分けました
このあと猿回しをはじめる桃太郎ですが、町で一番人気の猿回しになるのはもう少し後の話である
これにて桃太郎、終幕
めでたしめでたし?
次回予告
街を走り回る青年の身に訪れる危機
大きくなったらお椀には乗れないでござると愚痴る青年は桶に乗って川を下る
次回「わらしべ長者?」