小説『私の道と人の道』
作者:こめ(からふるわーるど)

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 その日からダムが決壊したように泣き、そして疲れて眠るという日々が続いた。今まであった、その場にいない人の声が聞こえたり、一瞬だけ視界の隅に誰かいたと思い振り向くと誰もいないという症状。学校へ行かなくなってからは、部屋に監視カメラがついている感覚にとらわれた。原因はわからないが、亜紀は自分が異常だということは理解していた。家族は無理をしているのか、心配そうな顔をせずに笑顔で亜紀と接する。
だが亜紀は知っている。両親は亜紀がいないところで、亜紀の状態を話し合っていることを。
「……病院?」
 母と娘。二人だけしかいない、昼の食事が終わった時間。母は突然亜紀に「病院に通ったらいいと思うの」と言った。亜紀は本格的な病院に行くこと自体は嫌だとは思わなかったが、その病院でどのような診察が行われるかが心配だった。
 亜紀は昔から病院にはお世話になっている。小学校の時には毎年喘息で入院し、中学の時では耳鼻科関連の手術での入院を二回経験している。学校に行かなくなった最近では、心配している母の知人が「首都圏ですごく遠いんだけど、良い病院があってそこでは電話でカウンセリングをしてくれる」と教えてくれたところに電話をかけてカウンセリングを受けたことくらいだった。
「だってね、亜紀はここ最近泣くか寝るかのどれかでしょう?だから、ね」
 母は笑顔を見せて言った。
 電話のカウンセリングは一時間でいくらかを銀行で払う。そのカウンセリング自体はすごくよかったのだが、電話だと実際表面に出ている症状がわからないため、母に電話をかわった時に「地元の病院に連れて行ってあげてください」と言われたらしい。母の「病院へ行こう」という言葉は、電話の先生のその言葉が原因だと思われる。
 最近の亜紀の生活行動を自分で分析してみると、朝起きて朝食を食ベ終わると昼食まで眠り、昼食を食べると昼の一時から五時まで眠っている。昼は不活発なのに対して夜は活発で、十一時から十二時までに寝る、というサイクルだった。そして起きている時間は何をしているのかというと、泣くか愚痴るか少し勉強をするかのどれかだ。そのことをカウンセリングの時に電話で話したので、電話の向こう側にいる先生は本格的な治療が必要だと考えたらしい。
 病院はもちろん心の病院。精神科の病院だ。地元の病院といっても車を三十分走らせた場所にある、年配の先生とその息子の先生が経営している個人の病院だ。その病院は精神科と外科があり、亜紀は精神科の先生である年配の先生に状態を話す。時々母が他から見た状態を話してくれるので、私はこんな状態なのか、と思いながら先生と母の話を聞いていた。担当の年配の先生がなんとなく亡くなった祖父に似ているなぁと、いつのまにか亜紀は先生を自分の祖父と重ねていた。
 カウンセリングが終わり、亜紀は鬱病と診断された。だがそれだけではない別の何かもあるかもしれないという先生の言葉により、前より長い時間をかけてゆっくりと診断を受けた。それは一か月に及び、気持ちを安定させる薬を少し処方されながら亜紀と母はその病院に週一で通うことになった。薬があるおかげか、少し気持ちは軽くなっていると亜紀は感じていた。

「亜紀さんはどっちかというと、鬱病ではありませんねぇ」
「鬱病じゃなければ、何の病気なんでしょうか……?」
 病院。長い時間をかけて丁寧に行ったカウンセリングの結果があるカルテを手に持ち、先生は亜紀と目を合わせて言った。母は心配そうな表情で問い、先生は母を見た。
「亜紀さん、この前誰かが自分を呼んでいると言いましたよね?幻覚とかも見えて、いつも監視されている気分だって……あと、お母さんの話によると、貧乏ゆすりが目立つとか」
「はい」
 ここ一カ月に及ぶ診断で亜紀は母の助けもあって自分の状態を全て話した。幻聴、幻覚、落ち着きのない行動、感情の不安定など。学校に行かなくなり、ひきこもりがちなことも話した。
 先生は亜紀を見、母を見てカルテを見ながらこう言った。
「そうですねぇ。亜紀さんは鬱病ではなく統合失調症という病気かもしれませんね」

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