小説『副社長 北条明良?新婚?』
作者:ラベンダー()

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玄関のチャイムがなった。

ダイニングにいた北条(きたじょう)明良(あきら)は、エプロンをはずしながら、インターホンを取った。
誰かはわかっている。

「玄関開いてます!」

と明良はいうと、すぐにインターホンを置いて、あわてて玄関へ走った。
玄関が開き、パーティードレスを着た妻の菜々子の肩をかつぐようにして、菜々子の女性マネージャーが入ってきた。

「あー…すいません。今日も飲み過ぎましたか。」

明良があわてて菜々子の体を抱きとめた。

「…ほら、菜々子さん靴脱いで…」

明良がそう言うと、菜々子は靴を蹴飛ばすようにして脱いだ。

「私も止めたんですけど…」

小柄なマネージャーは笑いながら、菜々子が飛ばした靴を拾って揃えながら言った。

「どんどん飲んじゃうんですよ〜…すいません。」
「いえ、こちらこそすいません。今日はお疲れ様でした。」
「はい!明日またお昼にお迎えに上がります。」
「わかりました。」

明良は、泥酔している菜々子の体を横抱きにして寝室に向かった。

「菜々子さん、今日は控えめにするって約束したじゃないですか。」

明良がそう言うと、菜々子は明良の首に両腕を回して「んふふ」と笑った。

「ワインがおいしかったんだもーん」
「僕にはその感覚がわかりませんけどね。」

体質的にアルコールが飲めない明良は、苦笑しながら言った。寝室のドアをひじだけで開け、明良は菜々子をそっとベッドに寝かせた。

「明良ー…」

菜々子が明良の首に腕を巻きつけたまま、離さない。
菜々子はいつもは明良を「さん」づけで呼ぶのだが、酔い方で呼び方が変わる。
ほろ酔いの時は「明良さん」、ちょっと深酔いの時は「明良ちゃん」、泥酔で、呼び捨てだ。つまり今はかなり酔っていることになる。また甘えん坊になっている。

「なんですか?…もう、菜々子さんの酒臭さで、僕まで酔いそう…」
「いいじゃない!酔っちゃえー!」
「もうー菜々子さんっ!…うわ…」

明良は、菜々子に無理やりひっぱられて、菜々子の体に覆いかぶさるような形になった。

「お帰りのキスは?」
「はいはい。」

明良は菜々子の唇に、チュッとキスをした。

「そんなのだめー…」
「これ以上は今駄目です!僕まで酔っちゃったら、あと誰が…!あーーーっ!!」

明良は菜々子を振り払い、慌てて部屋を飛び出して行った。
残された菜々子は、明良の名前を何度も呼んでいる。
やがて、明良がタンブラーに水を入れて、寝室へ戻ってきた。

「危ない、危ない…鍋かけたままだったんですよ。明日起きたら、シチュー作ってますから、温めて飲んでくださいよ。」
「えー…明日は明良いないのー?」
「事務所が開設して落ち着くまで、朝ゆっくりするのは、しばらく無理そうです。」
「ん〜…つまんない。」
「そのかわり、こうやって早めに帰ってきているじゃないですか。」
「それでもつまんない。」
「菜々子さん!怒りますよ!」
「明良、怒っても怖くないもん。」

明良は、思わず苦笑した。

「はい。水飲んで。」
「うーん、飲ませて…」
「はいはい」

明良はタンブラーの水を、菜々子に口移しで飲ませた。

「んふ。おいしい。」
「それは良かった。」
「ねぇ…明良…本当に経営者になっちゃうの?」
「…またその話ですか。」

タンブラーをテーブルに置き、寝ころんでいる妻の傍に座りなおして、明良が言った。

「タレント事務所を経営するのは、相澤先輩です。僕は補佐。」
「副社長でしょう?一緒じゃない。」
「嫌なんですか?」
「だってぇ〜!!」

菜々子はいきなり起き上がって、再び明良の首に両腕を巻きつけ、明良の体を道連れにベッドへ倒れた。

「菜々子さんっ!だから僕まで酔っちゃうって…」
「だって…明良の歌も踊りも…もう見られなくなるなんて…嫌だもん…」

菜々子は今度は泣き出した。

「あーー…また始まっちゃった…。」

明良は仰向けに寝て、菜々子の頭を自分の胸に乗せるように抱きしめた。

「だから前々から言ってたじゃないですか。30になったら、足を折るって。」

もちろん本当に折るわけではない。踊ることをやめる…つまり現役を引退するという意味だ。それは29歳を過ぎてから、相澤と一緒に考えていたことだった。
同い年で、女優の菜々子と結婚したのは先月だが、婚約時にちゃんと説明して納得してくれたはずなのに、いざ引退するとなると毎日のように菜々子がぐずるようになった。

「菜々子も辞める。」
「えっ!?どうして!」
「菜々子も足折る。」
「菜々子さんは女優さんでしょ?足折らなくていいです。」
「明良の踊り見たいのー!」

菜々子はまた泣き出した。明良は困って菜々子の頭を抱いた。そして突然優しい声で歌いだした。バラードだった。
菜々子は泣くのをやめて、しばらく明良の胸の中で黙って、明良の歌を聞いていた。
…明良の歌は終わった。

「踊りは見せられませんが、こうやって時々歌は聞かせてあげます。…これで我慢して。」
「……」
「…菜々子さんは女優を辞めたらだめですよ。」
「どうして?」
「事務所が失敗したら、食べさせてもらわなきゃ。」
「!!」

菜々子が「何それ!」と笑った。明良は菜々子の頭を抱いて笑った。

「さ、シャワーは…あー…浴びない方がいいですね。明日酔いがさめてから浴びてください。とにかく着替えましょう。」
「うーーーん…着替えさせて。」
「はいはい。」

明良は菜々子から離れて、クローゼットから菜々子のワードローブを取りだした。

「えーと?この服どうなってんの?はい、うつぶせになって。」
「ん〜…」

菜々子は言われるとおりにした。もう眠りそうだ。

「あ、こんなところにファスナーがあるのか…。」

明良は菜々子のドレスのファスナーを下ろした。

(終)

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