小説『蛇忌憚』
作者:たまちゃん(たまちゃんの日常サタン事)

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時は、明宝三年・・・



尾張の山奥に魅落という名の村があった。



そこに岩のような体躯をした、黒川十兵衛という若者が、住んでおった。



十兵衛は、樵(きこり)であった。



ある日の事、いつものように山を歩いていると・・・






一匹の大蛇が蔦に絡まり、もがいておった。



十兵衛は斧を振り揚げると・・・蔦を切り、蛇を逃がしてやった。



「蛇とはいえ、ひとつの命・・・」



そうつぶやくと家に戻った。







さて、その晩のこと。





とん とん とん





戸をたたく音に、起こされた十兵衛が



「誰じゃこんな時分に?」



聞くと、戸の向こうから



「夜分遅く申し訳ございませぬ・・・道に迷って難儀しております。

どうぞ一晩、お宿をとらせては頂けませぬか?」



と、若い娘の声がする。



「それはさぞかし・・・お困りでしょう。ささっ・・・おはいりなさい。」



戸を開けた十兵衛は思わず・・・はっ!と、息を呑む・・・



この世のものとは思えぬ、美形の娘の姿がそこにあった。



「なんと・・・美しい・・・」



「あら・・・」



頬を赤らめるその妖艶な仕草に、十兵衛は一瞬で魅了させられてしまった。







女は、名を宝条お市といい、その日から十兵衛の家に住みついた。



十兵衛もまた、こんな美人と暮らせるのは夢のようだと・・・



信じられない面持ちであった。







娘はよく働いた。



家を隅から隅まで掃除して、それまでの十兵衛の家とは思えぬくらいになっていた。



お陰で、それまでちょくちょく見かけていた、鼠や虫すらいなくなったようであった。







しかし、十兵衛にはひとつ、気に掛かることがあった。



「お市、飯を食っているか?」



「はいっ!頂いております。」



「・・・しかし、お前が飯を食っているのを、見たことがない・・・遠慮は、いらぬぞ?」



「・・・はい・・・ありがとうございます・・・」



娘は、微笑むばかりであった。







さすがに気になった十兵衛は・・・

次の日、仕事に出かけるふりをして、土間に隠れた。



お市は掃除を済ませると、なにやら大きな籠を担いで、庭に出た。



何をしているのかと、覗きみると・・・



暫くして戻ってきた。






娘の籠の中でごそごそと、動くものがあった!



「な・・・!」



なんとそこには・・・無数の虫や、ネズミ・・・蛙などが蠢いていた。



(どうするつもりだ・・・?)



十兵衛の身体中に、ねっとりとした汗が滲んだ。



女は籠をゆっくりと床に置くと、髪を結っていた紐を解いた。







ぱらり







女の黒髪は、床に付く程に長かった。



髪が揺れていた・・・



不自然な動きで、揺れていた。



その刹那、目を疑うような事が起こった。



黒髪がふたつに分かれ、まるで蛇のように宙を泳いだ。



髪の付け根、女の頭がバックリと割れ、それは巨大な蛇の口に姿を変えた。







(あの時の・・・大蛇・・・か・・・?)





乾いていた。



十兵衛の喉は、カラカラになっていた。





黒髪は、しゅるしゅると凄い速さで動き、ネズミや、虫に絡みつき・・・

その口へと運んでいく。



「ぐげぇぐげぇ・・・げぅ・・・」



異形であった。



それは、もはや人間の発する声ではなかった。











「ごおおおおおおおおおおおおおおお!」



たまらず十兵衛は、飛び出した。









いつの間にか、外は雨が降っていた。







風が吹き荒れていた。







嵐になっていた。







激しい轟音とともに、稲光が家の中を照らし出す。











十兵衛が叫ぶ。






「お市ー!」







黒髪の蛇が、動きを止める。







「おいちー!」







バタバタと・・・風が、



雨が・・・



十兵衛の家を揺らす。



「ぐぎぎぎぎぎひぃいいいい!」



「きいいいいいいいい!」





















「けひゃ!」





















「お市!貴様!おいちー!

・・・頭から虫食って、おいちぃか?」



「うん、おいちぃよ!ぐへっ!」







ふたりは幸せに暮らしましたとさ・・・げへっ!

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