小説『影は黄金の腹心で水銀の親友』
作者:BK201()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>


第七話 自分で行かなかったのは多分面倒とかそういう類





「実はね、フリースラントの良い茶葉が入ってるんだよ。トルコ紅茶やハーブティーなんかも良いけど、他の団員達は紅茶の味にあまり興味が無くてね。フランスではあまり飲まないだろうけど如何かな?」

「おいしいです」

「ああ、うまいよ。で、うまいからとっとと帰してくれ」

客室に通された俺たちは取りあえず席に座らされて紅茶を出されたので飲んでいる。けど、今すぐ帰りたい。正直敵の本陣で客扱いされても困る。

「で、こっちがケーキなんだけど、甘めにしてみたけど口に合うかな?」

「聴けよ!!」

「?レンは食べないの?おいしいよ」

「そうだぞ、とりあえずは食べろ」

ねー、とか言いながらマリィとアルフレートの二人は仲よさそうにケーキを食べている。何でこんな事になってるんだよ。大体さっき宣戦布告した相手なのになんでそんな相手に親しげにしてるんだよ。マリィは……
仕方なしにと俺はコイツの出したケーキを食べることにする。ラインハルトが言ってたようにコイツは客人としてもてなしているから何かされるという心配は無い、と思う。フォークで一口サイズに切ったケーキを食べる。

「うまい……」

そういえば司狼達と会う前から何も食べてなかったな、けどこの時間だとこれは遅めの晩飯か夜食の類か?と思いながら渡された二切れ目を食べる。

「気に入ってくれたかい、団員達からもこっちは気に入られててね。ほんとはライニと話す時にも出そうと思ったんだけど彼が『私を警戒して食べる事などせんだろうよ』て言ってね」

確かに、あの時ケーキなんか出されても食べる余裕なんてこれっぽっちも無かっただろう、ん?

「ライニってのはラインハルトのことなのか?」

当てはまるのはラインハルトだけだし名前的にも一致するがアイツを前にしてそんな愛称で呼べる奴がいることに驚きだ。

「ん?気が緩んで愛称で言っちゃてたか〜。でも他に誰がいるんだい?君がここに来て話したのは他にテレジアちゃんとヴァレリア位のものだろ?それに団員にも恐れられてるけどライニだって人なんだから」

どうだか、目の前で対峙したけどあれはとても人とは思えなかったぞ。

「あれが人って言えるかよ」

「言えるよ、彼は人だ。その本質も在り様も生き様も総て人に則っている。本当に人じゃない存在もこの世にいるんだから」

コイツはそう断言した。だけどそれより気になったのは人じゃない存在もいると言ったことだ。

「アイツがそうじゃないなら人じゃない存在なんているのか?」

「今は知らなくていい事だよ。それは知ってしまえば引き返せれないから」

そう言って忌々しげに首にぶら下げた十字架を見つめる。十字架に関係しているのだろうか?

「ここからは君達の戦いさ。この教会を一歩でも出れば君は敵となる。今ここでいる間だけ僅かな一時を楽しんだほうが良いよ」

「まるでアンタは戦わないみたいな口ぶりだな」

「そんなことは無い。君達と僕が出会っても戦いになるよ。だからここで話しておきたいことは話したほうが良い。もっとも質問とかに答える気は無いけど」

「捕らえてたときは答えたじゃないか」

あの時は一つだけという条件だったけど質問には答えてくれた。なのに今度は答えないってのは如何いうことだ?

「あれは言わば正当な報酬だよ。大橋で僕を跳ね除けライニに立ち向かった。それに対する正当な評価を下しそれに見合う対価を支払ったということさ」

「じゃあアンタが俺のことを人形って言うのも評価を見せれば直すって事か?」

「ああ、理解してたんだね。自分のことを言われてたんだって。そうだね君が頑張りを見せれば名前で呼ぶのも吝かじゃないよ」

「だったら覚えとけ。俺の名前は藤井蓮だ。次にあったときは絶対にそう呼ばしてやるよ」

「だったら期待せずに待ってるよ、人形」



******



―――教会入り口前―――

「さて……」

クリストフは一人そう呟く。アルフレートがいないこの状況でしか話せないこと。だからこそ彼が藤井蓮と話しているのはクリストフにとって僥倖だった。

「ベイ、マレウス、レオンハルト―――バビロン、そしてトバルカイン」

声に対して彼らは姿を現さない。だが聞いているのは間違いなく、ゆえにクリストフは先を続けた。

「じき、夜が明ける。そのときをもって、本格的な開戦とします。もはや止めぬし、邪魔も入れぬ。存分に、狂い乱れるが良かろう。今現在、開いたスワスチカは二つ。
そのどちらも、ハイドリヒ卿へ捧げる有資格者を欠いている。キルヒアイゼン卿とシュピーネ。この二つにおいて、黄金の恩恵は誰にも授けられることは無い。
だが、残り六つ―――そして我らもまた六人。無駄に欲をかかなければ丸く収まるはずだったんですが……ここで予期せぬ事態が起きた。
分かっているでしょうがナウヨックスのことです。我々が予期しなかった七人目。しかし、これでは数が合わない、誰かが溢れる事となる。それは出来れば避けたい事態だ。
ゆえにまずは五つ―――すなわちこれより三つ。開くことを許可します。彼が動き出す前に先手を打たねばならない。ただし同日のうちに開くのは重複しても二つまで。そこは守らねば“核”の身が持たず本末転倒となる。では―――虐殺よりも戦争を、汝ら皆に幸いあれ。ジークハイル」

「「「「ジークハイル・ヴィクトーリア」」」」

斉唱と共に気配が散る。それを見るともなく見送ってから、トリファは声を落として含み笑った。

「まったくこれは救いが無く、かつ面倒なことになって参りましたよ、本当に。もはやぜひも無いですね。優雅に謀りなどと言える時期も終わりましたか」

そう、もはやここより安息は無い。この未明を皮切りに、諏訪原市は地獄の戦争へと沈んでいくことになる。



******



「お帰りなさいませ、ハイドリヒ卿。客人は仰せの通り、無事送り返してございます」

「ご苦労」

ラインハルトを出迎える騎士。いわばここは彼の居城、玉座の間。曰く、己に相応しい己の世界と言った異空の地。豪壮かつ豪奢な殿堂で在りながらも地下墓所カタコンペのように沈んでいる。およそ“生”と言えるものが徹底的に駆逐されている。

「卿らもよい退屈しのぎになったであろう。事前演習の一環としては奇態だが、客が客だ。緩んだ箍(たが)を締め直す役には立つ。
事によれば卿ら、身を保てずに離散するやもとおもっていたがな」

「ご冗談を」

からかうような主の言葉に、半顔を戦傷で覆った女、ザミエルは跪いたまま苦笑で応えた。

「確かに仰る通り、脅威に値するとは思いましたが、しかし」

「無茶と冗談総動員みたいな人なら、僕ら毎日見てるでしょ」

ザミエルの言葉を引き継いだのは、銀髪隻眼、単身疾駆の少年、シュライバー。跪いているが口調と礼儀に畏まった様子は無いが敬ってはいるのだろう。飼い主にじゃれ付く子犬を地でいっていた。

「あれってなんです?副首領(クラフト)の女なんでしょ?はっきり言ってワケ分かんないですね」

「それは彼女がという意味か?シュライバー」

「はい、ハイドリヒ卿。そうじゃありません。僕が分かんないのは彼の主義というか……あの子は澱みが無い。真っ白です。それを踏み潰したいとか崇めたいって言うなら珍しくないから分かるんですよ。
でもクラフトは、自分じゃ何もしないじゃないですか。全部他人任せにして。
もっとこう、男性的征服欲ってやつですかね?そういうのがあって然るべきじゃないですかね」

シュライバーはそう言ってはいるが別に彼にそういう感性は無い。自分と主以外は殺戮の対象でしかなく、先の言葉はあくまで客観的な一般論を言っていただけだ。

「おおかた、自然を愛でる感性に近いのだろうよ。或いはエデンの園といったやつかな。そうした意味で、男女の営みではないのさカールを人がましく見ようとする卿の視点は面白いが、それは徒労だな」

「つまりペット同士交配させて遊ぶやつですか?でもそれって……ああ…」

ラインハルトは微笑すると玉座に腰を下ろして呟く。

「意思は流れ出ずり天地創造、もって形を成し動き出す―――思うに、つまりそういうことなのであろうよ。蛇は楽園を追われる」

「いえいえ、そうでもありますまい。我が主が仰るには彼も人の思考に近いものとのだと」

二人の騎士は突然現れた彼に目を向きこそすれ特に驚きはしない。ラインハルトも突然現れた彼の発言に興味深げに聞く。

「使いか、してその発言の意味するところは何だ?」

使いと呼ばれた彼は頭を下げたままの体勢で応える。

「我が主の意図するところは私ごとき存在に計り知ることは出来ぬでしょうが、もし憶測でよければ我が主の考えを語らせていただきます」

「構わん、続けろ。彼の造った存在だ。あながちはずれというわけでもないだろう」

彼の額には666(Nrw Ksr)と書かれており、よく見れば、いやよく見ずとも彼は諏訪原大橋にて蓮に殺されたアルフレートの造った人造生命体であった。

「は、ではまず仮に彼女という存在をそもそも愛でることが彼に出来るのでしょうか?」

「ほう、どう言うことだ?」

「つまり元々彼女という存在に対して彼が触れることが出来ない理由があるのではと言うことですよ。我が主は仰っていました。彼ほど報われない者もそうそう居ないと」

「つまり、カールか彼女か、そのどちらか或いは両方に問題があると言うことか」

「さようでございます。流石は我が主も敬服する御方だ。聡明であられます」

「用はそれだけか?ならせめて楽しんで逝け。ここは限られているとはいえ地獄(ヴァルハラ)なのだからな」

そう言った直後、シュライバーに首を刎ねられる。思考が止まったのか微動だにせぬままに彼は死にその魂は崩壊してしまった。

「お怒りでしょうか、ハイドリヒ卿?」

「少し、な。私はどうやら彼に信頼されていなかったらしい。だから彼はこれを送りつけてきた。故に少々楽しみでもある。
どうやら彼は機を逸すれば手を出すつもりらしい。楽しみではないか―――ザミエル」

「はッ」

故に、彼は命ずる。獣の支持にはたとえどんな命にも、彼女は疑問を懐かず徹底的に遂行する。
そうした局面において、この女に遊びは無い。一切の過不足なく目的をはたす装置の役割をこなすだけだ。それは破壊と暴力しか成せない装置だが……

「第五は卿の手で開け。多少無理もあろうが、少々強引に出て構わん。後続が潜り易いよう、道を大きくしておけよ
然る後、カールの代替と遊んでやれ。卿の炎(ローゲ)でな、鍛え直すがいい」

「了解いたしました、我が主(ヤヴォール・マインヘル)」

赤騎士(ルベド)はそう言ってから立ち上がると、一礼して玉座を出て行く。すると彼女の後へ続くように、壁と床と天井が波打って紅蓮の背を追いかけ始めた。
それはこれより出陣する者達の声。一個軍団規模の魂が城より剥がされ、赤騎士(ルベド)の手勢として戦場へ投入される。

「さて、彼女は加減を知らんぞ。芯のない鈍刀(ナマクラ)ならば溶け落ち砕ける。これが正念場……というところかな」

百万を超える軍勢が今か今かと怒りの日(ディエス・イレ)を待ち望む。アルフレートが何かするか。それともクリストフが手を打つか。だが否応無くその日は近い。もうすぐ、もうすぐ、もうすぐだ……

-9-
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える