小説『アイドル 北条明良(3) ?解散?』
作者:ラベンダー()

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「相澤先輩とのユニットを解散!?…どういうことですか!?」

僕は、マネージャーに食ってかかった。

「…それが…ちょっと事務所同士でいろいろあったらしくて…」

マネージャーは、額に噴きだしてくる汗をハンカチで何度も拭いながら答えた。

「事務所同士でって…。…だって、相澤先輩のところの事務所とうちの事務所は合併するんじゃなかったんですか!?」
「それが…それが…社長同士でもめているらしくて…」
「まさか、どっちが代表になるかとかで、もめているんじゃないでしょうね?」

僕は、皮肉交じりに言った。しかし、マネージャーがぎくりとした表情をしたので、僕は「えっ!?」と声を上げた。

「…そんな子どもみたいなケンカの為に…?」

マネージャーは、黙って下を向いて、汗を拭き続けている。

「…そんな、まさか…。それだけのことで…」

僕はその後の言葉が継げなかった。

*****
僕はその夕方、仕事がなかったので、相澤先輩に電話をしてみた。確か先輩もこの時間は空いていたはずである。
ユニットの解散の話…もう聞いたのだろうか?
…しかし、先輩は電話に出なかった。

「仕事が入ったのかな。」

僕は、メールで「お返事下さい」と送信し、家で待つことにした。

・・・・・
夜、いつの間にか眠っていた僕は、パソコンから鳴る電話のベルで起こされた。

「いけね。パソコンつけたままだった。…メッセンジャー…?」

僕は、メッセンジャーに表示された名前を見て、驚いて電話を取った。

「先輩!!」

パソコンの端の方に先輩の顔が映った。表情が硬い。ユニット解散のことを聞いたのだろう。

「明良…もう先輩はやめろっていっただろ?」

先輩の力のない声がした。

「先輩、そんなことより僕達のユニット…」
「うん…昼に聞いた。…事務所同士のトラブルだってな。」
「はい。」
「俺…実は携帯を取り上げられたんだ。」
「!?…えっ!?」
「お前と連絡をもう取るなってさ。」
「じゃぁ…夕方電話した時、先輩が出なかったのは…」
「うん。明日携帯返すって言ってたけど、君のデータとか全部消されてるだろうね。…パソコンの方は事務所に知られてないから、大丈夫だけどな。」
「家のパソコンまで消しに来るとは思いませんが…念のため知られないようにしないと…」
「うん…。…なぁ明良」
「はい…?」

先輩はしばらく言葉を発しなかった。そして急に先輩の顔が画面から消えた。

「!?先輩!?」
「ごめん。声だけでいいか?今、顔を見られたくないから、カメラ抜いたんだ。」

僕は、ほっとした。誰かに邪魔をされたのかと思ったのだ。

「いいですよ。…なんです?先輩。」
「…俺達、ユニットを解散しても…友達だよな。」
「!?…先輩…。」
「もし、このまま連絡が取れなくなっても…友達だよな。」
「もちろんです。…でも、そんな気弱な事言わないでください!…先輩らしくないですよ!」

何か、嗚咽のような声が聞こえた。…先輩が泣くなんて…初めてだった。

「…頼むから…敬語もやめてくれって…」
「…ごめんなさい…。」
「…初めて…心から信じられる奴にやっと出会えたのに…こんなことで、解散だなんて…」
「先輩…だから解散しても、僕達はずっと親友同士です。連絡が取れなくなるのだって、しばらくの間だけですよ。お願いです。泣かないで下さい。」
「…うん…」

その時、何かガサガサという音がして、カメラの画面が映った。

「先輩…!!百合さん!」

画面に映ったのは、机に伏せている先輩の姿と百合さんの顔だった。

「お久しぶり、明良君。」
「はい!百合さんも…。」

百合さんは、机に伏せている先輩の頭をいきなりぱしっと叩いた。

「!…」
「こんなことで、へこんでどうすんのよ!…あんたらしくないわね!」

百合さんのその言葉に、先輩は机に伏せったまま、何かを言っている。

「ごめんね、明良君。…この子ね、こう見えて幼いころから人づきあいが下手でね。」
「!?…そんなことは…」
「今まで、友達らしい友達作れなかったの。事務所でもいつもむすっとしているから、女の子からも同僚からもあまり話してもらえなかったみたい。」
「…そうだったんですか…」
「そうそう…あの由希さんの事件があった時ね。怪我したあなたを励が送って行って、由希さんを私が送って行ったでしょう?で、家に帰ったら、励の方が先に帰ってきててね。私が玄関に入った途端、この子いきなりなんて言ったと思う?」
「?…」

僕はわからないというように首を振った。

「…「北条明良と連絡先を交換できたんだよ!あの北条明良とだよ!」だって…。私も隠れファンだったけど、この子はこの子で、あなたを評価していたのね。」

百合さんはそこまで言って、机に伏せたままの先輩の頭を撫でた。

「…先輩…」

僕は、胸に熱いものが広がるのを感じた。あの時の先輩は僕よりも冷静に対処してくれた。たぶん、あの時先輩と出会ってなければ、僕は未だに歌えていないかもしれない。

「あらいやだ…」

百合さんの声に、僕は思わず画面を見た。

「寝ちゃってるわ。…安心したのかもね。…この子ちょっと睡眠障害持ってるものだから…ごめんなさいね。」

僕は笑って首を振った。そして「そのまま寝かせてやって下さい。」と言い、明日また、必ず連絡することを百合さんと約束して、電話を切った。

*******

「…合併の話は決裂したよ。」

翌朝、事務所の会議室で疲れ切った様子のマネージャーが僕に言った。

「…そうですか…」

昨日は食ってかかったが、どうしようもないことはわかっていた。

「もう相澤君とは連絡を取るなとのことだ。」

その言葉を聞いた途端、僕は頭に血が昇るのを感じた。

「…そんなこと…強制される憶えはありません!!」
「…明良君…」
「先輩は、僕の恩人なんです!…声が出なくなった時、先輩が助けてくれなければ僕はいまも歌えていないかもしれない…。仕事を一緒にするなというのは、我慢します。でも、連絡を取るなとか、プライベートなことまで強制するのはおかしいと思います!」
「…わかってるよ…僕だって…わかってるけど…」

僕はそのマネージャーの小さな声ではっとした。

「…ごめんなさい…こんなこと、マネージャーに言ったって…仕方がないですよね。…マネージャーだって辛いのに…」
「…いや…ごめんよ。何も役に立てなくて…」
「マネージャー…」

マネージャーは肩を落として、会議室を出て行った。

…そう、今日も僕は仕事がない。
先輩とのユニットでの仕事以外でも1人で活動はしているが、このところ、歌番組にも呼ばれることもなかった。…それは何故か自分でもわかっている。
新曲ができないのだ。
僕自身で作れればいいのだが…残念ながら、僕にはそんなセンスがなかった。楽器も弾けないし、楽譜も書けない。詩だって作れない。
先輩とのユニットでは、先輩の事務所の人が曲を書いてくれていた。そして僕の事務所はそれに甘えて何もしなかった。…事務所同士の合併が決裂したのには、そんな理由もあるのだろう。
僕はため息をついた。


*****


家に帰ってから、テレビをつけた。
すると、相澤先輩とのユニットが解散したことをワイドショーが告げているところだった。

「どうも、事務所同士と言うより、社長同士の意地の張り合いが原因のようですね。」
「あのユニットは、私、とても好きだったのに…」
「僕も、元々仲が悪いと言われていた2人が一緒に歌っているところを初めて見た時は、感動したものですけどね。」
「新曲も出ていませんでしたものね…特に、北条さんの方…。」

僕は、テレビを消した。
ふと、先輩の涙声が蘇った。

『…俺達、ユニットを解散しても…友達だよな。』
『この子はこの子で、あなたを評価していたのね。』

「先輩…」

思い出して胸が熱くなった。

『焦らなくていい。1カ月で駄目だったら、また1カ月延ばせばいいんだから。』

復活準備の時に、どうしても声が出ない僕に、先輩がかけてくれた言葉…。

「…そうだ…1カ月で駄目だったら、また1カ月延ばせばいい…!」

僕はパソコンの電源をつけた。
メッセンジャーを開き、オンラインになっているのを確認して、先輩に電話をかけてみた。
電話が取られ、カメラの画面がついた。

「先輩!」
「明良…よかった…オフラインだったから…」
「先輩…いや、励!!今度は僕が先輩ぃぃじゃなくて、励を助けて見せる!いや、励を助けると言うより僕達を助けるんだ。」
「…明良…?」
「事務所がなんと言おうと、ユニットを続けよう!」
「!?…でも…」
「1カ月で駄目だったら、また1カ月延ばせばいいんだよ!先輩ぃぃじゃなかった、励が僕に言ったじゃないか!」

先輩の顔が、泣き笑いのようになった。

「…何か思いついたのか?」
「うん。でもかなり無理があるし、成功するかどうかはわからないけど…でも、やるしかないと思う。」
「わかった…。お前にかけてみる。」
「ただ、協力者が必要なんだけど…」
「うん?」
「僕と同じような背恰好で踊れる人っていないかな…?」
「明良と同じ背恰好で踊れる?」

先輩がそう言って、ふと考える風を見せた時、後から百合さんがひょいと顔を出した。

「私はどお?」
「!?」
「姉貴!」

励もびっくりした様子を見せたが「そうか!」と言った。

「姉貴がちょうどいい。歌は最悪だけど…」

そこで先輩は百合さんにばしっと頭を叩かれた。
先輩は叩かれたところをさすりながら言った。

「最後まで聞いてから叩けよ!…歌は最悪だけど、ダンサーとしては俺より上だ。」

百合さんが「任せて」というように、親指を立てて見せた。

「なんとなく、明良のやりたい事がわかったよ。よし、打合せだ。」
「はい!」

元気になった先輩の顔を見て、僕は気分が高揚するのを抑えられなかった。

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