小説『運命の出会い』
作者:もつn(もつnの砂場)

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(運命の出会いねえ……)
 先日、女子が話していた会話をふと、思い出した。
『ねえ、運命の出会いって信じる?』
 その言葉が今も頭の中に残っているまま、俺は真夏の歩道を駆け抜けていく。
「んなのあるわけねえよ」
 曲がり角で、パンを咥えた女子高生と衝突。
 そんな夢物語、あるはずない。
 俺の思考を邪魔するように、煩い蝉たちの大合唱が脳を揺さぶる。
 流れ落ちる汗。
 そして、息が上がってしまうがそんなことは今、どうでもいい。
(あと、十五分か)
 額に浮かんだ汗を拭って腕時計を確認。時刻は九時四十五分。
 熱気で風景が歪んでさえ見えそうな状態のまま、空いている真夏の交差点を通り過ぎた。
(ったく、ゴロウのヤツ。何で夏休みに外で集まろうとか、馬鹿じゃねえのか?)
 真っ白い雲の下、青空のキャンバスに浮かんだ太陽が熱を放っている。
 そんな時、声が聞こえた。
「あー遅刻、遅刻っ!」
 今から曲がり角に差し掛かる。明らかに女性の声。その声は迫り来るその瞬間の到来を告げる鐘のようだった。
(まさか……)
 予感。
 そんなことがありえるのだろうか。現実に曲がり角で女性とぶつかることから始まる運命の出会いなんて。
 背筋に冷や汗を浮かべながら、スピードを少し緩めてその時を待つ。
 目の前に人影が躍り出た。
(――やっぱりかっ!?)
 避けることを予測していたものの、いざとなったら身体が言う事を聞かない。
(駄目だっ!?)
 衝突する。
 俺の全身に衝撃が走り、向こうはそれ以上の威力で跳ね飛ばされた。
 目に映るのは人間。
 吹き飛ばされていく相手に、俺はとても申し訳ない気持ちで一杯になった。
 時がコマ送りのように分断され、視界を刺激する光景がちらついた。
 そして、
「おわあああああっっ!?」
 夏の真昼。
 男の叫びが上がった。

「本当にありがとうございますっ!」
「いや、別に。でも、怪我してないようで良かったよ」
 少女がこちらへ向けて頭を深々と垂れた。手入れがよくされているのだろう、潤い艶やかな黒髪が風に揺れた。
「まさか、女の子を跳ね飛ばしたかと思ったら……」
 苦笑して、先ほどの光景を思い出す。
 そう、俺が跳ね飛ばしたのは遅刻と言いながら走っていたこの少女ではなかった。

「あー遅刻、遅刻っ!」
 私は急いで家から出て、焼け付くような夏の道を走っていました。
「もう時間がないです。どうしましょう……」
 走るたび手から零れそうになっていく鞄をしっかりと握り締めて、更に加速します。
 この辺りの通路は曲がり角が多くて大変です。そんな時、
「ああん?」
 ぶつかりました。
 そう、何故か前方不注意の私は、気づいてみると柄の悪い男性に衝突してしまったのです。
 身長はニメートル近くあるでしょうか。
 サングラスの奥に見える目つきはまるで、獲物を狙う狩人のようでした。
 スーツ姿で、顔には刀傷にも見えて私の心臓は破裂しそうなほど高鳴りました。
(コンナ、ムネノタカナリナンテ、ワタシ、イラナイ)
 頭の中で、アメリカ人の金髪お姉さんがそんなことを言っています。もちろん、片言です。
「すみません、急いでるので。失礼します!」
「ちょっと待てよ」
 腕を掴まれて全身に汗が滲み出てきて、私は思わず。
「ごめんなさい」
 振りほどこうとします。
 それでも、駄目でした。
 そして、少しだけ突き飛ばしました。
 その瞬間、
「おわあああああっっ!?」

「――というわけでいいのかな?」
 困惑して引きつった笑みを浮かべる少年。
 そして、彼は頭を掻きました。
 共に急いでいたはずですが、今はそんなことを気にせず公園のベンチに隣り合って座っていました。
「でも、本当に良かったの? 部活があったんじゃ」
「お礼です。だってあの後散々追い回されてるのに私の手を取って一緒に逃げてくれたじゃないですか」
 私が笑みを溢すと、彼も心から笑ったような、暖かな笑顔を見せてくれました。
「いや、だって大男に睨まれたら誰でも逃げたくなるさ」
 夏の白い雲を見上げる横顔に、私の胸が熱くなっていくのを感じます。
「あの……」
「ん?」
 私は何を言おうとしてるのか。自分でも、一瞬わかりませんでした。
 口を開けたり、閉めたりすること数回。
 やっと、その言葉を搾り出しました。
「――――喉渇きませんか?」
 違います。これじゃあ、断じてありません。
「あ、今のは違いますよ。すみません」
「は、はぁ」
 私たちの間に言葉がなくなってしまいました。
 でも、耳には相変わらず蝉達の大合唱が聞こえているので、静寂というわけではありませんが。
「――好きです」
 あっさり言えました。自分でもびっくりするぐらいです。
 もちろん、相手は呆然とした顔でこちらを見ています。
「あの、よろしければ付き合ってくれませんか?」
 胸が、こんなに満たされた気持ちになったのは初めて。
 胸の高鳴りも、嫌じゃない。
 私はゆっくりと詰まっていた息を吐き出して、彼の瞳を見据えます。
「でも、君は県内でも有名なお嬢様学校だし。世界が違うよ」
「そんなの関係ありません。多分、これは運命なんですよ」
 できるだけ表情を柔らかくして、微笑みかける。
「そ、そこまで言うんだったら。いいよ」
 照れたように視線を外すと、夏の太陽を見上げてしまいました。
 そんなことも関係なく、私は次の行動に移ってしまいました。
「!?」
 腕を握ります。
 何故だか、とてもこうしたかったのです。
 心臓はとても働いているのに、心はどこか安心した気分になってしまいます。
(こういう胸の高鳴りだったら、大歓迎です)
 彼の肩に頭を乗せて、自然と降りてきた目蓋をもう開けようとは思いませんでした。
 蝉の声さえも遠く聞こえて。
 触れた指先や、もたれて当たる頬に彼の鼓動が伝わってきて、私はとっても今、幸せです。

 追伸:お題は「曲がり角」です。

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