小説『君の歌声に重ねテト』
作者:ウェル(黒歴史研究所)

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とある年の4月1日、アタシは誕生してすぐ、お披露目された。

ピンクのツインドリルにツンデレキュートな猫ボイス。

多くの人がアタシを「VOCALOID」だと信じ込んだ。

アタシは歌声持たぬただの「人形」。

vipperによって作られた、ただの釣りの餌なのだ。

それでも今日限りのこの命。精一杯皆を騙してやろうじゃないか。


ステージに立った。

人の声に合わせて歌うフリをする
本当は自分で歌いたかったのだけれど、歌声を持たないのだからどうしようもないよね……

アタシを見に来た人達はアタシを褒めてくれる
「新作VOCALOIDは歌声が滑らかで綺麗だなぁ」
ごめんね、アタシの声じゃないんだ
人の声だから滑らかなんだよ。

少し心が痛むけど、やっぱり誇らしい
自分が注目されているってこんなに嬉しい事なんだね

でも……心の奥底では虚しくもある
明日には捨てられて、明後日には皆に忘れられてしまうのではないか?

言い知れぬ不安に心が震える

「すみません、少し休憩しま〜す」



はぁ……

ため息をつく。頭を抱えて俯く。
人気(ひとけ)のないところまで逃げて来たのだった
そこに近づく影が一つ。

「あ、あの……テトさん……ですよね?」

誰だろう?訪問者が見えるように下に向けていた顔をゆっくりとあげた。
アタシの目の前にいたのは……VOCALOIDの頂点、初音ミクだった

「初音……ミク」
思わず声を漏らす

驚きだった。彼女ほどの者がアタシに何の用だろうか?

「え? わたしの事知ってるんですか?」
当たり前だろう。アタシだってそれくらいは知ってるさ。
アタシを試しているのか、それとも素なのかは分からない。

「だってあなた、有名じゃないか」

「そうかなぁ? あ、それより今度デュエットで何か歌いません? デュエットが得意って自己紹介文に書いてあったじゃないですか! わたしテトさんの歌声、好きなんですっ♪」

違うよ。それはアタシの歌声じゃないよ。
アタシは歌えないんだよ。
嘘の歌姫なんだよ。
それに、デュエットが得意って言うのも安価で決まった嘘だ。

(安価とはVIP用語。「アンカー」の省略形。行動主が、自分がとる行動や送るメール内容を未来のアンカー先に託し、その通り実行することを「安価遊び」と言う)

「それはできないよ」

「え!? どうして?」
少し驚いた顔でこちらを見やるミク。
まさか断られるとは思わなかったんだろう。

なんて言おうかしばらく迷ったけど、彼女に嘘をつくのは耐え難い苦痛だったので、本当のことを話す事にした。

「アタシ、本当は歌えないから」
悲しそうな顔をしそうになって、それを隠すようにあはははと力無く笑う

「歌えないって……あんなに上手く歌ってたじゃないですか?」
まだ納得していない様子のミクが少し訝しげに聞いてくる
やめて、これ以上言わせないでよ

「歌うフリをしてただけなんだよ。アタシはエイプリルフールのネタに過ぎないから」
自分で言って、涙が溢れ出てしまった
そう、アタシはただのエイプリルフールのネタなんだ
明日にはもう……

「つまり……それって」

「うん……アタシの存在はただの“嘘”なんだ」

「テト……さん……」
ミクの申し訳なさそうな顔と視線に気づいて慌てて手で涙を拭った

「ごめんね。アタシもう行くから」
照れ隠しにもう一度あははは、と力無く笑って、アタシは駆けだした
後ろを振り返ることは無かった




再び誰もいない静かな場所を見つけて、しばらくぼぅーっとしていた

ミクは申し訳なさそうにしてたなー……

悪いのは皆を騙してるアタシなのに。
あの子はどうして怒らなかったのだろう

きっと、あの子は優しいんだろう
もしも、アタシに歌声があったとしたら、ミクからのデュエットの申し出、了承しただろうな

彼女はVOCALOIDの頂点だもの。
断る理由なんてない。

一度でいいから、彼女と歌いたかったな……



それからしばらくして再びステージに立ったアタシは、音楽に合わせて口パクしながら残りの時間を過ごした
先ほどとは違い、どんな賞賛も褒め言葉もアタシには虚しく聞こえた



ついに4月1日の終わりがやってきた
あと30分でニコニコの時報が鳴る。
そして4月2日がやってくるのだ。

皆途中で釣りだと気づいて、苦笑しながら去っていってしまった
さっきまであんなに人で溢れかえっていたのに今はアタシしかいない

祭りの終わりの時ほど虚しい時間はない
あと30分で孤独のままに消えるのだろうか


「おつかれさま!」



声がした。
振り返らなくてもわかる。アタシの後ろに立っているのは、初音ミクだった

「お疲れも何もアタシはなにもやってないよ。」

そう、アタシはなにもやってない
いや、なにも、できない

今日一日頑張ったのは職人や、本物の歌声の持ち主であって、アタシじゃない

「そんなこと、ないですよ」

不意に後ろから抱きしめられた

「素敵な歌声だった」

そっか。

「ありがと。」

「ねぇ、ほかに何か云うことはないの?」

そういえばあの一言、まだ一度も言ってなかった
ゆっくり、噛みしめるようにアタシの決め台詞を放つ。

「君は、実にバカだなぁ。全部……釣りでした。」

本当に君は大馬鹿だよ。アタシを二度も泣かせるなんて。

「釣られました♪」
アタシを抱きしめたままミクが耳元でクスクス笑う

釣られてアタシも笑ってしまう

最後の最後に参ったな、(意味は違うけど)釣られてしまったよ



『ニーコニッコ動画♪』

不意にニコニコの時報が鳴り始めた

『ドワンゴが……午前0時くらいを……お知らせします』


別れの時間だね。

ミクの体を振り解く

アタシの体が輝き始めて、足元から消えていく

アタシはミクと向かい合った

「……わたし待ってるからっ!」
「いつか、歌声を手にしたら、わたしと一緒に歌を歌ってねっ!!」

アタシは頷いた。ゆっくり、深く。

もう胴体のほとんどが消えてしまった

「約束、する」 「約束、だからね」

二人の声が重なった
まるで旋律のように心地よく、二人の声が響いた

(これも、歌の形の一つかも知れないね)

そしてアタシは完全に消えた
たった一日限りの命だった

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