小説『おはようからオヤスミまで』
作者:そこらへんの田中()

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  「ねぇ、聞いて」 
  「なんだよ」
  「僕ね、君の事が好きなんだ」
  「ふーん」
  「好きなんだ」
  「そう」
  「好きなんだ」
  「うん」
  「愛しているんだ」
  「そっか」
  「殺されたいくらいに愛しているんだ」
  「……」
  「おかしいと思わない?」
  「どこが」
  「僕は君と同性なのに」
  「だな」
  「僕も君も男だよね」
  「まあな」
  「嫌じゃないの?」
  「あー」
  「気持ち悪いよね、こういうの」
  「そうだな」
  「肯定、否定?」
  「肯定」
  「僕は平気だけど」
  「へぇ」
  「変かな」
  「かもな」
  「キスしてもいい?」
  「どうぞ」
  「抵抗しないんだね」
  「ああ」
  「じゃあ遠慮なく」
  「…………」
  「本当に抵抗しなかったね」
  「……」
  「ああごめんね、ヨダレ今拭くよ」
  「……」
  「これでいい?」
  「……」
  「なにか反応してよ」
  「わかった」
  「次はなにをしようかな」
  「なにも」
  「冷たいなぁ、殺すよ」
  「殺したら、」
  「なになに?」
  「俺がお前を殺せない」
  「あ、そうだね」
  「……」
  「僕は君に殺されてもいいけど」
  「今すぐ殺そうか」
  「いつかね、まだ殺されるには色々と足りないから」
  「……」
  「君と抱き合ってみたい」
  「じゃあ――」
  「縄を解けって言うんだよね?」
  「……」
  「図星だー」
  「むか」
  「どうしようかな、抱き合うには」
  「知らん」
  「もし僕が、君の自由をあれこれ千と三百と五十四時間束縛している縄を解いたとしたら?」
  「殺す」
  「だよねぇ」
  「確実に」
  「そこまで念を押さなくてもいいんじゃないの?」
 「念には念を」
 「言うと思ったよ」
 「それも言うと思った」
 「これじゃあ堂々巡りじゃないか」
 「……」
 「ところで質問してもいい?」
 「嫌だ」
 「あれ、今まで反抗的な態度は見せなかったのにどうしたのさ」
 「俺にもそろそろ人権が欲しい」
 「そんなものどこかに行ったんじゃない?」
 「お前が隠したんだろ」
 「はは、バレた?」
 「もろバレだこの縄を解け」
 「無理だよ」
 「何故」
 「最初に強く縛り過ぎて僕には解けない」
 「……」
 「こほんっ。ところで質問してもいい? 二回目だけど」
 「好きにしろ」
 「どうして監禁してから千と三百と五十四時間経過した時点で僕と初めて口をきいてくれたの?」
 「人恋しくなったから」
 「今までなにをしてもなにを話しても無反応だったのにね」
 「人の力は無限大」
 「なにかで聞いたことのあるフレーズだね、なんだろう」
 「忘れた」
 「うん僕も」
 「……今は何時だ」
 「二十三時四十五分だよ」
 「夜中か」
 「そうだよ。そんなことより、君とコンタクトを取れた事に僕は驚いているんだよ」
 「いつもお前は食事を八時頃に持ってくる」
 「時計もないのによく分かるね」
 「一日一回の食事だ」
 「少なかった?」
 「俺が口出ししてもなにも変わらないだろ」
 「勿論だよ」
 「今日は持ってこなかった」
 「うん」
 「腹が減った」
 「うん」
 「食事が欲しい」
 「うん」
 「食べたい」
 「今日君とやたら久しぶりに話したけど、強気な態度は変わっていないね。ちなみにその割に無気力な所も」
 「人は千と三百と五十四時間ぽっちで性格は変わらない」
 「少なくとも君以外の人間は少々たりとも精神に異常をきたしていると思うけど」
 「俺が無言の時は常にお前に対して殺意を抱いているが」
 「普通に異常だね」
 「ふん」
 「僕は君に好かれていないけれど憎まれてはいるんだ」
 「……」
 「その間はイエスのサインだね」
 「……」
 「でも良かった」
 「そうだな、俺が憎んでいるうちは何かしらの感情を向けられていてお前は究極のドマゾだからそれでもいいんだもんな」
 「僕が言いたいこと全部代弁しちゃったね」
 「ちっ」
 「僕らって以心伝心?」
 「……」
 「食事を寄こせ」
 「嫌だって言ったら」
 「いつかお前を殺してやるから」
 「それは絶対事項だから条件に入らないよ」
 「頼み方に問題があるのか」
 「そう思うのだったらそれじゃない?」
 「面倒な奴だな、俺とお前の仲だろ」
 「好きだけど憎まれている仲?」
 「……」
 「冗談だよ」
 「……」
 「今持ってくる」
 「早くしろ」
 「……もしかしてのもしかして、お腹が空いたから僕と口をきいてくれたのかい?」
 「ノーコメントだ」
 「やっぱりそうなんだ」
 「……」
 「今日だけ試しに餌を抜いて反応を見たんだよ」
 「……」
 「正解だったね、僕に応えてくれたし」
 「はっ」
 「もう餌はやらない事にしようかな」
 「……死ぬぞ、俺」
 「それは嫌だなぁ、でも口をきいてくれないのはもっと嫌だなぁ」
 「だから何だ」
 「その、ね。僕は君とまともな会話が出来て嬉しいんだ」
 「……」
 「無視は嫌だなぁ」
 「……」
 「餌やりを一日二回にするから話し相手になってよ」
 「よし乗った」
 「現金な奴だなぁ」
 「あーあ、君の餌代の為にもっと頑張って働かないとね」
 「お前ほぼ一日中ここにいるじゃないか」
 「君を愛しているから一秒たりとも離れたくないのさ」
 「うぜえ」
 「まぁこれでも僕は会社の代表取締役やっているから金なら自動的に入ってくるからね」
 「知ってる」
 「有名企業の御曹司だもん」
 「それも知ってる、つかどうでもいい」
 「金はいくらあってもいいものだなぁ」
 「……」
 「あ、餌だったね」
 「ああ」
 「ドックフードとキャットフードがあるけどどっちがいい?」
 「どっちも嫌だ」
 「じゃあカレーくらいしかないけど」
 「それでいい」
 「レトルトだけど」
 「別にいい」
 「じゃあ持ってくるよ」
 「……」
 「持って来たよ」
 「何だそれは」
 「カレーだけど」
 「どうしてカレーが緑色をしているんだ」
 「野菜カレーだからね」
 「野菜カレーは全てにおいて緑色になるのか?」
 「そうだね」
 「嘘だろ、これがレトルトだというのも嘘だろ」
 「いや、レトルトにはレトルトだよ。ただ賞味期限が三十五年過ぎているだけで」
 「そんなもん食ったら死ぬぞ俺。今日二回目」
 「それは困るなぁ、じゃあキャットフードにする?」
 「いや、ドックフードで」
 「捻くれているね」
 「お前もな」
 「はいじゃあドクフード」
 「いや毒フードはないだろ、俺死ぬす。これで今日三回目」
 「いいまつがえだよね」
 「その科白も十分に言い間違えているけどな」
 「それを言ったら終わりだよ」
 「そうでなくてもお前は完全に終わっている」
 「君を愛している時点で?」
 「いやそれだと俺も終わっている算段になるじゃないか」
 「うん」
 「いやうんじゃねーよ」
 「はいあーん」
 「唐突に食わせようとするな」
 「毒は入ってないよ」
 「それは前提」
 「ほらあーん」
 「だから普通にドックフードを食わせようとするな」
 「なんで?」
 「それは犬の食い物だろ」
 「現在君は僕の犬です」
 「立場の話をしているんじゃない」
 「でも僕が食えといえばそうするしかないよね」
 「最大限の主張と理解を促したまでだ」
 「そっか」
 「それと主張は出来ても理解してもらえるとは限らない」
 「そうだよね」
 「だから、食う」
 「良かった、はい」
 「ぱく」
 「美味しい?」
 「ぼりぼり。クソに不味い」 
 「クソとどっちが不味い?」
 「クソ」
 「だよね」
 「ぶははははは」「あははははは」
 「もっとくれ」
 「はい」
 「もぐもぐ」
 「お味は?」
 「クソ以上梅干しの種以下」
 「的確なコメントありがとう」
 「……」
 「ふふ、楽しいなぁ」
 「お前だけな」
 「じゃあ君は何をしている時が一番楽しい?」
 「多分お前をぶっ殺している時だろうな」
 「へぇ、それは僕もきっと楽しいと思うな」
 「水」
 「はいはい、ちょっと待ってね」
 「……」
 「口うつしで構わない?」
 「構うね」
 「構わないよね」 
 「……」
 「こうやって食べさせていると君の新妻になった気分だね」
 「どちらかというと年寄りを介護している気分だろ」
 「夢が無いなぁ」
 「それに、俺の妻はお前が殺した」
 「僕って相当嫉妬深いのかな?」
 「ヤンデレってヤツだろ」
 「俗語だね」
 「ところで水寄こせ」
 「ごくごく」
 「お前が飲んでどうする」
 「口に含ませただけだよ、今飲ませてあげるからね」
 「……」
 「ん……美味しい?」
 「水よりお前の唾液の割合が多い件について話し合おうか」
 「唾液だって立派な水分だよ」
 「やっぱり飲んだんだろ」
 「いやー、手違いでね」
 「それだけの単純作業に何故手違いが発生するのかが疑問だな」
 「そんな疑問どうでもいいよ」
 「お前にしてはな」
 「今は僕と君の愛を確かめ合う濃密な時間じゃないか」 
 「お前曰く餌やりにそんな時間が含まれていたなんて初耳だが」
 「僕も初耳」
 「は」
 「じゃあもう一回」
 「……」
 「天然水なんだけど分かった?」
 「どうせ富士山のだろ」
 「産地名まで分かるんだ、凄いね」
 「お前のとこの製品だからな」
 「中国の自家工場で包装しています」
 「そこはメイドインジャパン目指せよ」
 「一応生産地は日本だからいいの」
 「この悪徳め」
 「こんなのこの世界じゃ常識だけどなぁ」
 「これだから成金世代は」
 「それを言うなら君もゆとり世代ってヤツだよね」
 「お前もな」
 「僕は義務教育時代学校に行かないでお家でプロの教師に教鞭を取ってもらっていたから無関係だよ」
 「……」
 「あれ、どうしたの」
 「眠い」
 「あ、もうそんな時間だっけ?」
 「寝る」
 「おやすみ」
 「……」
 「おやすみ!」
 「…………………………おやすみ。」
 

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