小説『Life Donor』
作者:bard(Minstrelsy)

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 誰かのために生きる。
 カクリの言う通り、確かにエゴイスティックな部分もあるだろう。自分の行動を相手の責任にしている、と捉える事も出来る。穿った見方だとは思うが、それを否定しきるのは難しい。三人の言動を思い返しながら、シジマは考えを巡らせた。
 結局は自分のためかもしれない。けれど、その事が本当に相手のためで、実際に相手が喜んでくれるなら、良い事なのかもしれない。生きていた時はそんな場面に遭遇した事は無かったが。カクリの言う通り、その基準が相対的だからだろう。自分と比べて大切な他人は居なかった。その自分にさえも、価値があるなどとは思っていなかった。もしも、自分に価値があると思えて、それよりも価値があって大切だと思える誰かが居たら、自分も生き続けていただろうか。万一の事があったとして、狭間の部屋へ彼らのようにやって来ただろうか。
 机に突っ伏し、置かれていた砂時計を傾ける。
 生きたかった、とは今も思わない。だから、彼らが何故生き続けたいのか、理解は出来ても納得はしていない。ここで生きられたとしても病気になるかもしれないし、事故に遭うかもしれない。辛い事ばかりが続くかもしれない。それに、遅かれ早かれ皆死ぬ。他人の命を貰ってまでも生きたいと思うものなのだろうか。
 とりとめのない思考がそこに至ったところで、シジマは気付く。
「一つ、聞いても良い?」
 シジマの声に、ソファでくつろいでいたカクリが顔を向ける。
「何だ?」
「前に、人には与えられた時間があるって言ってたよな。それが寿命だって。それが尽きたら、人は死ぬんだろ?」
「ああ、そうなるな」
「死に方も関係ないんだろ。小さい時に死んだり、事故や病気で死んだりするのも、それは元々与えられた時間が尽きた結果だよな」
「自殺は違うけれど、概ね間違ってはいないよ。それがどうしたんだ」
 カクリの浮かべる笑みは、妖艶と呼ぶに相応しいものだった。一瞬シジマはたじろぐが、意を決して言葉を紡ぐ。
「おかしくないか? だって、寿命が尽きたから死ぬのに、生きたいと強く望んでるって理由だけで生きられるなんて。それに、だ。この部屋に来た段階で余命があるかどうか未確定って、寿命は決まってるはずだろう。審判で生きるって決まったら寿命を超えて、死ぬって決まったら寿命を残したまま死ぬって事にはならないのか? 俺があげた余命は飽くまでもきっかけ――火種で、その人の寿命になる訳じゃない。どうして、生き続けられるんだ」
 口をつく勢いのまま、シジマは一気に吐き出した。勢いに驚いたのか、カクリは目を丸くしていたが、何も言わずにじっと彼の言葉を聞いていた。
「君は、鋭いね」
 彼はそう言ったきり、しばらくシジマを見つめていた。言葉に詰まっている様子は無い。愉しんでいるのだろう。舌先でワインを転がすように、シジマの問いを味わっているかのようだ。
「中々どうして、考えているじゃないか。そんな事を聞く人に会った事は、ほとんど無かったよ」
 彼は懐中時計を手にしていた。花の浅彫りのあるものだ。確か、シジマがこの部屋に来た時にも持っていた。カクリの時計なのだろうか。動いているかは、シジマの場所からは解らない。
「確かに、彼らは普通ならば死んでいる。手当てをしなければ、という注釈が付くがね」
 放置しておけば死んでしまう怪我や病気でも、適切な処置をすれば助かるのと同じ事だ。カクリは唇の端を持ち上げる。
「だとしたら、余命が残ったままここに来たのか」
 それならば自分を同じ立場だと思うシジマを、カクリは一蹴した。
「彼らは生きたいと望んでいるんだ。自ら死を望んだ君とは違うんだよ」
 彼が浮かべたのは嘲笑だった。
「ここに来るのが、生きたいと望んでいて、余命も残っている人だとしたら」
 シジマは彼から視線を外す。
「審判で死ぬと決められたら、どうなるんだ」
 彼は即答した。
「そのまま死ぬだけだよ」

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