小説『Life Donor』
作者:bard(Minstrelsy)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

 そして、全ては闇に包まれる。
「駅の階段から落ちたあなたは、生死をさまよい、ここへ辿り着いた。そういう事になりますね、藤内奈美さん」
「違う! 落とされたの! 見たでしょ? 誰かに突き飛ばされたのよ」
 彼女の叫びと共に光が戻る。
「殺されたのよ、あたし。こんな事で死ぬなんて嫌よ」
 身の震えを抑えるように、彼女は自分を抱き締める。その瞳は、恐怖よりも怒りの色が強かった。
「生きたいと思うのは何故です?」
 口を開きかけたシジマを制し、カクリが静かに質す。
「何言ってるの。まだ全然、これからなのよ。生きたいに決まってるじゃない」
 質問の意味が解らない、と奈美は唇を歪める。
「それが生き続けたい理由なのか」
 シジマは奈美を睨む。
「な、何よ。何で睨むの? 何か文句でもある訳?」
 奈美も彼を睨み返す。一触即発か、とカクリが溜め息をつき、二人の間に割って入る。
「どうか落ち着いて下さい。冷静な対応をお願いします」
「だけど、あいつが……」
「ここは狭間の部屋、審判の間でもあります。審判は始まっているのですよ、藤内奈美さん」
 カクリの目がナイフのように細くなる。それに気圧されたのか、奈美は言葉を飲み込む。しかし、シジマを睨む事は止めなかった。やれやれとカクリは小さく笑い、シジマの質問に答えるよう奈美を促した。審判だと言われた事が気に掛かっているのだろう。彼女は渋々ながら口を切った。
「さっきも言った通りよ。色々、やりたい事とかあるし」
「やりたい事、ですか」
「部活とか、これから先の進路とか。それに、彼氏だって欲しいし……中野君を水崎なんかに取られたくないし」
 彼女の述べる理由は、年相応の少女のものだ。シジマにも理解出来る。ただ一つ気になったのは、彼女が挙げているのは全て「自分のため」のものだ。以前の客人とは違う、とシジマは彼女に訊く。全ては自分のためなのかと。
「勿論、そうよ」
 それ以外の答えなど知らないように奈美は頷いた。シジマは目を伏せる。言い表せぬ感情が渦巻くその気持ち悪さに、思わず呻きそうになった。
「先程あなたの過去を拝見した時に、行きたくないと拒まれたところがありましたよね。何故、行きたくないと?」
 シジマの様子を察したのか、カクリが代わりに問い掛ける。
「それは、その……水崎が彼と一緒のところを見たくなかったからよ。解るでしょ? あんな嫌な光景、二度と見たくなかったもの」
「それだけ、ですか?」
「後は、やっぱり、自分が死にかけるって解ってるから」
「他に理由は?」
「何よ。何が言いたいのよ」
 カクリの問いを迂遠なものと感じたのか、奈美が苛立たしげに振り立てた。
「あの子に」
 感情の渦をどうにかねじ伏せ、シジマは顔を上げる。
「水崎って子にやった事、それについては何も感じていないのか」
 それは、と彼女は口ごもる。
「元はと言えば、水崎が悪いのよ。原因はあいつなのよ」
 最初から嫌っていたわけではない。むしろよく話をしていたし、一緒に遊ぶくらいの仲だったと奈美は言う。
 きっかけとなったのは、去年行われた地方大会の試合だった。上級生が引退後の初試合、メンバーの士気は高かった。その中でもキャプテンを引き継いだ奈美は人一倍だったという。
「その試合、水崎もレギュラーだったの。言いたくないけど、あいつ結構頑張ってた。先輩からも認められてさ。勝つためには外せないメンバーだった」
 水崎は共に攻撃の中心を担っていた。一緒なら勝てると思っていた。そう奈美は述懐する。
「けど、あいつ、全然やる気出さなかったのよ」
 普段通りなら負けるはずのない試合だった。しかし水崎は、全くと言っていい程に動かなかったのだ。奈美は何度も水崎を励まし、インターバルではメンバーの士気を高めていた。引退した先輩達も応援に駆け付けてくれていた。負ける訳にはいかない。当の水崎も理解していたに違いない。
「でも、全然だった。動かなかったし、チャンスも外したし。だから負けたのよ」
 試合後、奈美は激しく水崎を責めた。他のメンバーも同感だったのだろう。彼女を取り囲み、お前のせいだ、と強くなじった。水崎はひたすら謝っていた。声が嗄れる程に泣きながら、ずっと謝り続けていた。それからだ。部活で、彼女へのいじめが始まったのは。
「自業自得なの。あたしだって、理由も無いのにそんな事しないわよ」
「けど、謝っていたんだろ?」
「謝れば良いと思ってるの? 謝って済む事ばかりじゃない」
「だから、ああやっていじめているのか。何をやっても良いのか? たかが部活の試合だけで――」
「あんたに何が解るのよ!」
 そう叫ぶ奈美は顔を紅潮させ、身を乗り出して一気にまくしたてる。
「たかが部活って、あたしには、あたし達にとっては大切な試合だったの。全国だって狙えるかもしれなかった。そのために練習を頑張って、チームの一体感も考えて、皆でやろうってそうして来た。水崎はそれを解ってて台無しにしたのよ。今までやって来た事を全部、全部あいつ一人が!」
 勢いに押され、シジマは言葉が継げなかった。奈美はうっすらと涙さえ浮かべている。それ程までに打ち込んでいたのだろう。人生を賭けていたと言っても、大袈裟ではない程に。

-19-
Copyright ©bard All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える