小説『Life Donor』
作者:bard(Minstrelsy)

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「なるほどね」
 カクリはティーポットを手に立ち上がる。香りはカモミールではない。普通の紅茶だった。
「自殺という罪への罰。君は、この審判をそう捉えているのか?」
 カップに注がれる紅茶の湯気に、彼の声がたゆたう。
「そう考えた方が納得がいく」
「という事は、自殺は悪い事だと思っている訳だ」
「……違うのか?」
「さあね。義務を果たしていないという意味では悪い事だと言えるかもしれないが、私がどうこう言う話じゃないし、関知するところでもない」
 カクリの含み笑いから視線を外し、シジマはカップの中に目を落とす。
「君が悪い事だと思うのなら、そうなのだろう。しかし、悪い事と思っていながら、そうせざるを得なかった……そうする他に無かった。こういう事だろう、シジマ」
 先の優しい雰囲気はとうに霧散していた。今の彼を表すならば、冷淡の一言だろう。
「悲しいよね」
 浮かべた微笑みは何の感情が込められているのか。シジマはそれを読み取ろうとしたが果たせず、諦めて紅茶を啜る。カクリは僅かに肩をすくめた。
「幾度となくこの質問を繰り返したけれど、色んな答えが返ってきたよ。本当に、色々と。皆、感じる事が違うみたいだ」
 シジマのように罰だと捉える者、誰かを助けられる奇跡だと前向きに捉える者、事務的に来たものを処理するだけだと捉える者――様々だったとカクリは言う。
「それでも大体は三種類の反応だった。ポジティブか、ネガティブか、無感情か」
 どう並べ立てたところで結局は単純な話だった、と彼は笑う。
「けれど、そんな中でも印象深い答えをくれた人が居た」
 ドナーとレシピエント。その人は、そう答えたという。
「レシピエント?」
「移植希望者、だよ」
 臓器ではなく、余命を移植する。命の時間のやり取りを、その人は臓器移植になぞらえたのだろう。
 共通項は、他人の死を必要としている事。誰かが死ななければ、心臓の移植は成り立たない。自分が死ななければ、余命の提供は有り得ない。拒絶反応が無い分、実際の移植よりは楽だろう――その人は言って、笑ったらしい。
「生きさせないって判断が、拒絶反応だと言えなくもないけど。いや、ただの提供拒否かな」
 自分には不要なものを、必要な人へと与える。捨ててしまえば無駄になるが、渡せば有効活用される。リサイクルみたいなものだ――そう言ったのは、その人が最初だったという。みつきに放たれた言葉は、その人から借りたものなのだとシジマは推察する。
「その人は、誰かを助けられるってポジティブに言っていたのか?」
「いいや。無感情で、淡々としていたよ」
 取り乱す事も無く、感情に流される事も無く、ただ冷めた瞳でレシピエントの人生を見つめていた。その人の判断は合理的で、一切の私情を挟まなかった。カクリですら、たじろいでしまう程に。
 ――それで、生きたいと思うのか。
 自ら「生き続けるためには自分の余命が必要だ」と話し、レシピエントの覚悟を問うた。他人の命を貰ってまでも生き続ける覚悟が、果たして己にあるのかと。生殺与奪を握っていると高圧的になる訳でも、他人の価値をはかっている風でもなかった。まるで書類を仕分けているかのようだった――カクリは小さく笑った。
「契約のために話をした時も、審判が義務だと伝えた時も、無感情だった。そうかって言ったきり、すんなりと対応していたよ」
「そう、なのか」
 稀有な人だった。遠い目でカクリは言う。
「ただ、寂しそうだったな」
「え?」
「時々、何か考えていたんだろうけれど……その様子が酷く寂しそうに見えたんだ。私には何も言わなかったけれどね。淡々と審判をこなして、いってしまったよ」
 そんな人が何故自殺などしてしまったのだろう。彼の話を聞く限り、凛として誰にも流されずに生きていたようにも思える。自分とは違い、強い人間だったはずだ。死を選ばすとも、それ以外の選択が出来たのではないだろうか。
「その人や他の人が君の事を聞いた時、死ななくても良かったんじゃないかって思うかもしれないよ」
 確かに、そうやって人の生き様を冷静に見つめられるならば、自分の死んだ理由など小さなものだと思われるかもしれない。それなのに、とシジマはもう一度思う。何故その人は自ら命を絶ってしまったのだろう。
「その人の事……もう少し、教えてくれないか」
 咄嗟に、彼は口にしていた。それを予想していたのだろう。カクリは僅かに眉を上げただけで頷いた。
「解った。誰も来る気配が無いし、丁度良いだろう」
 キテン。
 その人の事を、カクリはそう呼んでいた。

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