小説『Life Donor』
作者:bard(Minstrelsy)

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 キテンは、カクリが今まで接してきたいずれの審判とも違っていた。
 年の頃はシジマよりも幾らか上だった。見た目は特筆すべき事は無かったが、独特の雰囲気をその身にまとっていた。
「強いて言えば……そうだな。酷く疲れ切っていた、という感じだった」
 審判としてこの部屋に来る者の雰囲気は、苦悩しているか、絶望しているか、怯えているか――多少の例外はあるものの、大抵そのパターンに当てはまる。
「キテンって人は、じゃあ、例外だったのか」
「そうなるかな」
 枯死した心を持っていた。カクリはキテンをそう評した。
「どういう事?」
「乾き切って、干からびていた。まだ若いといって良い年齢だったけれど、生きるのに飽いているみたいだったよ」
 生きる事そのものに、キテンは何の価値も見出していなかった。この先、生きていても仕方がない。未来の展望はおろか、今の自分の足元すら見えない。閉塞感――時代の持つものか、キテン自身が抱え込んでしまったものか。
「人並みに、普通に生きてきたつもりだったんだけどね。いつの間にかこうなってしまった」
 何人目かを見送った時、ふとキテンは呟いた。
「好きな人も居たし、やりたい事だってあった」
「だったら余程の理由が?」
「例えば、辛い事とか? そりゃ、それなりにはあったよ。でも、別に、死にたくなる程ではなかった」
 冗談では何度も死にたいと言ったけれど、とキテンは述べた。教科書でも読み上げるかのように、澱みなく流れるように。しかし、キテンの瞳は枯れ切った井戸の底のようだった。
「さっきも言ったけれど、キテンは審判に一切の私情を挟まなかった。相手に余命の事も伝えていたしね。キテンの余命が必要だと知った者の中には、審判を諦めた者も居たくらいだ」
 自分にも他人にも厳しかった、とカクリは振り返る。キテンは相手に覚悟を求めると同時に、感情に依らず公正で合理的な判断を強く意識していたのだ。
「凄い人、だったんだな」
 そんな事は出来ない、とシジマはこぼす。自分の下した判断は、どう贔屓目に見たところで公正な判断ではなかった。感情に流された身勝手な、シジマの私刑とでも言うべきものだ。押し寄せる後悔に押し潰されそうだった。だが、悔いたところでどうする事も出来ない。
「シジマは後悔してばかりだな」
 カクリが苦笑する。
「だって俺は、そのキテンって人みたいに正しい判断なんて出来なかったし、多分……この次も難しいと思う」
 呻くシジマに、カクリは小さく息を吐いた。
「前も言ったけれど、シジマの決めた事は絶対で、それが正しい事になる」
「けれど、あの時は……あの言い方は」
「私は事実を言ったまでだ。それにね、キテンの正しさとシジマの正しさは同じじゃないんだ。その判断がここでは絶対的に正しい事となるってだけだ」
「でも、キテンって人は、公正だったんだろ? 俺と違って、本当に正しかったんじゃないのか」
 食い下がるシジマに、カクリは辟易とした表情になる。
「偏りなく平等って事なら、確かに公正だと言えるかもね」
 キテンは確かに、感情に流される事も無く平等だったかもしれない。だが、所詮は自分の物差しで相手を見ていただけなのだ。キテンは、相手にも自分と同じ厳しさを求めていた。それを満たさない者の話は聞こうともしなかった。
「基準以下は対象外……容赦なくそう判断していった。どんな事情や思いがあったとしてもね。合格ラインに達しなければ、それまでって訳さ。それを公正と呼ぶのなら、キテンは公正だったんだろう」
 血の通わない、それこそ機械的にさえ思える審判だとシジマは感じる。その様を「書類を仕分けているかのよう」とカクリは評したのだろう。淡々と、誰に共感する事も無く、相手の人生と訴えをデータとして見ていたのだろうか。相手を生きさせないと判断した時、キテンもシジマが奈美にされたように罵られたりしたはずだ。それでも、動じなかったのだろうか。
「私も気になってね。だから、聞いてみたんだ」
 何も感じないのか。相手に対して、思う事はないのか。カクリの問いに、キテンは冷めた目で答えた。
「別に、何も。試験と同じだよ。合格ラインがあって、それをクリアするかしないか、だからね」
「ラインを決めているのはキテン、君だろう?」
「相手を見て変えている訳じゃない。クリアしたら話も聞いているし、それを踏まえて生きさせるかどうか決めている。偏った判断はしていないし、平等に見ているつもりだよ」
 キテンの表情は微塵も変わらない。

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