小説『Life Donor』
作者:bard(Minstrelsy)

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 訪れた客人は他の審判よりも多かった。群を抜いていたのではないか、とカクリは思い返す。勿論、キテンの審判の方法に依るものだ。基準以下は対象外――その合理的な方針が、高い回転率を叩き出していた。ドライな言い方をすれば、不良品を取り除く作業にも似ている。キテンの審判は、それ程までに徹底していたのだ。
「だから、意外だったんだ。ドナーとレシピエントって答えがね」
 思いもしなかったよ、とカクリは肩を揺らした。
 キテンのそれは、正に審判だった。それ以外の例えなど見付からない、とカクリは考えていたのだ。別の言葉を探しても、せいぜい試験や面接だ。
「そうかもね」
 カクリの指摘に、キテンはそう言ったきり押し黙った。冷たい目が、憂いと寂しさを帯びている。
「移植ってさ、他人の臓器を貰うんだよね……自分が生き続けるために」
 砂時計一つ分の沈黙の後、キテンが口を開いた。
「知ってるよ、それくらい。薬とか手術ではどうしようもない、そうするしか他に無い場合の治療、だろう?」
「そう。この審判もさ、それと同じだと思うんだ」
「同じ?」
「実際は臓器だけどさ、これは生きる時間を移植する行為。そう考えたら、ドナーとレシピエントって、ぴったりな言い方だと思うけれどね。自分には不要なものを、必要な人へと与える。捨ててしまえば無駄になっちゃうけれど、渡せば有効活用される。リサイクルみたいなものだよ」
 命のリレー。
 移植は、時としてそう呼ばれる。余命を受け渡すのは、文字通り命のリレーと言えるだろう。キテンは言い継ぐ。自分はこうして、命を繋いでいるだけだと。
「だとしたら君は、この審判が尊い事だと思っているのか」
 自己犠牲とまでは言わないが、それ程に尊い事だと思っているのであれば何故、相手を切り捨てるような審判を下すのか。生きているのであれば、もう一度チャンスは与えられる。だが、彼らはそのままでは死んでしまう。次の機会は訪れないのだ、永遠に。
「不要なものなら、どうして与えてやらないんだ? 君の言ってる事は矛盾している」
 審判の必要すら無いんじゃないか、とカクリは皮肉る。
「自分で自分のやってる事を否定するの? カクリこそ、矛盾しているよ」
 キテンは初めて、声を上げて笑った。感情の無い、乾いた笑い声だった。
「もしもドナーに提供するかどうかの選択が与えられたなら、きっと同じ事をしたはずだ。生きたい人なら誰でも良いなんて訳が無い。自分の命を分け与えるに相応しいかどうか、分け与えたいと思える相手かどうか、本当に生きたいと願っているのか。ちゃんと、生きる覚悟は必要なんだよ。その覚悟も無い人に、他人の命を貰ってまで生きる権利なんて無いんだよ」
 生きたいと強く願ってはいても、何故生きたいかは解らない。ただ何となく、死にたくないから生きたい。今はまだ死にたくない――そういう者も狭間の部屋に訪れる事がある。生への望みさえあれば、狭間の部屋へ辿り着けるのだ。だがキテンは、そういった者をことごとく基準外として切り捨てた。
「貰えるものは貰っておく、生きられるなら生きておく……明確な理由も持たず、覚悟も持たない。そんな人に審判を受ける資格は無いよ」
 淡々と、虚ろな瞳でキテンは続ける。
「他人の命を奪う罪悪感も無ければ、与えられた命に対する感謝も出来ない。それじゃあ生きていたって、仕方がないよ」
 怒りすら感じる言葉とは裏腹に、キテンの声は疲れ切っていた。全てを諦めてしまったかのように、力なく紡がれる心。
「相手に対しての印象とか好き嫌いとか、そういう私情は挟まない。問うのは、理由と覚悟だから」
 キテンは唇だけで笑った。
「どうしてその人は、死んでしまったんだ?」
 カクリを見上げ、シジマは呟く。生きる覚悟を問えるのに、何故キテンは命を絶ってしまったのか。実際に会った事は無いのに、まるで目の前に居るかのように思えていた。もしかしたら、隣で自分を見ているのではないかとさえ感じる。カクリの声がキテンのそれに聞こえる。シジマは息を詰めて言葉を待った。
「生きていくのに、うんざりしていた」
 カクリの声を借りて、キテンが囁いたように聞こえた。
 誰も彼もが自分の事ばかりだった。与えられたものに感謝も出来ないくせに、足りないと貪欲に求め、奪い続ける。自分のものですらないのに手を出し、蹂躙し、ひたすら求め続ける。地位や名声、財産。果ては、他人の命までもがその対象となる。理由など無く己の欲望に流されているだけ――キテンの目にはそう映っていた。
「下らないって思うよね。でも、どこを見てもそんな話ばかりで、それに囲まれていくうちに……段々と何も感じられなくなっていった」
 結局は自分も同じだ。そう感じるまでに、さほど時間はかからなかった。
 日々の喧騒に流され、自分の事さえ見失った。休む間も無く与えられる課題と欲望。やっと辿り着いた現状でさえ、そこに満足してはならないと追い出される。立ち止まる事は許されなかった。息が切れても走り続けなければならなかった。乱れた呼吸は努力の証と賞賛され、追いつけぬ者は怠惰だと叱責される。
 何のために生きているのだろう。疲れ切ったキテンの心には、何もかもが虚しく映っていた。足を止めて見た光景は、陽炎のようにぼやけていた。
「仲間のように見えてもさ、ずっと先で足の引っ張り合いをやってるんだよ。それで、運良く相手を蹴落としたら、後ろから来た誰かに突き飛ばされるんだ。そんなのばっかりだった。世の中が、生きるのがそういう事だって言うのなら、自分は生きるのに向いてなかったんだろうね」
 だから、とキテンは冷めた目で言う。だから自分は、生きていけなかったのだと。
「そんなの……だって、生きていける理由があったんじゃないのか」
 シジマは思わず身を乗り出した。

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