小説『Life Donor』
作者:bard(Minstrelsy)

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 淡々と、無為な時間が流れていく。
 カクリはソファに身体を伸ばし、目を閉じていた。眠っているのかもしれない。シジマは小さく溜め息をつき、机に伏した。そして、先のやり取りを脳裏に映す。
 キテンの話を終えたカクリに、シジマは意を決して問い掛けたのだ。キテンでないのなら、あなたは一体何者なのかと。
「狭間の部屋の案内人。君の補佐だよ」
 最初にそう言っただろうとカクリはかわすが、彼は食い下がる。
「それは役目だろう。俺が聞きたいのはそれじゃない」
 カクリはゆるりと首を傾けた。緩慢なそれが余裕を示しているように感じ、シジマの気持ちはささくれ立つ。
「ここに居るって事は、少なくとも生きた人間じゃないと思ってる。でも、俺と同じように自殺したとは思えない」
「正体を知りたいって訳か」
 ささくれを剥がすように、カクリは歯を見せた。
「時が来たら、言うよ」
 今はその時ではない。そう言ってカクリは、彼の問いに答えてはくれなかった。
 彼はカクリに目をやった。
 カクリは、夢を見るのだろうか。何者か解らないこの青年は、何を眠りに見るのだろう。先のキテンとのやり取りや、かつて共に過ごした審判の事を思ったりするのだろうか。
 彼は何者だろう、とシジマは改めて思う。
 人間か否か、それすらも解らない。もしも人間ならば、彼はどんな生き方をしていたのだろう。少なくとも、自分のように死を望んだ訳ではないだろう。さりとて、天寿を全うしたとも思えない。何らかの理由で成仏が出来ない、といった感じなのだろうか。
 もしも人間ではないとしたら。シジマは、規則正しく呼吸を続ける彼に視線を落とす。そう思える要素は幾つもあったように思う。彼の超然とした雰囲気は、この場においては当たり前のように感じる。だが、それは人間の持ち得るものなのだろうか。
 シジマは部屋を見回した。全てを埋め尽くし、無言で迫り来るかのような時計達。喧騒にも似た針の音。
「時計が気になるのかい?」
 弾かれたようにシジマは身体を戻す。その先で、カクリが彼を見つめていた。
「起きてたのか」
「起きていたというか、起こされたというか、ね」
 カクリが身体を起こした。幾分不機嫌な様子は、寝起きのそれのように思える。シジマのささくれが、そっくりそのまま移ったかのようだ。彼は余裕の無い表情でシジマを見据える。時計を見ていたのが気に触ったのか、とシジマの背が冷たくなる。
「……悪い、君のせいじゃない」
 無理矢理に微笑みを作り、カクリは言った。
「出来のいい物語なら、後のお楽しみと言えただろうけれど……どうやら、時が来たみたいだ」
「え?」
 カクリは視線を扉へと移す。
「君の疑問に答える時が、こんなに早く来るとはね」
 舌打つように彼は吐き捨てた。焦れているのが傍目でもよく解る。
「一体何が?」
「すぐに解るさ、すぐに」
 シジマの方を見ようともせず、カクリは険しい顔で扉を睨み付けていた。秒針がさざめく。嵐を告げる木立のように。

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