小説『Life Donor』
作者:bard(Minstrelsy)

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【第四章:持たざる者】



 カクリの表情に余裕は全く無い。眉間にきつくしわを寄せ、まじろぎもせずに扉を睨み続けていた。声をかける事もはばかられる。シジマは固唾を飲み、彼を見守るしか出来なかった。
 扉を気にしているという事は、恐らく客人が来たのだろう。だが、時計が鳴らない限り、ここに誰か来る事は無い。以前カクリがそう言っていた。シジマは耳を澄ませるが、何も聞こえない。秒針の音さえも。
「……え?」
 目をしばたたかせ、シジマは部屋を見回す。カクリに集中するあまり、秒針の音を意識の外へ押しやってしまったのか。だが、彼の予想は裏切られる。どの時計も、ぴたりと動きを止めていた。一体何が起きたのか。状況が全く解らない。
「入って来たらどうなんだ」
 険しい視線を扉に投げつけたまま、カクリは鋭い声で言った。客人を相手にするには、態度が厳しすぎる。誰が居るのだろう。シジマの疑問に答えるように、扉の向こうから溜め息混じりの声がした。
「そう恐い声を出さないで欲しいのだけどね」
 言葉と共に扉を開けたのは、カクリと似た年頃の女性だった。心なしか雰囲気も似ているかのようだ。格好もそうだ。カクリがウェイターと例えるならば、彼女はウェイトレスだろうか。まさか、カクリの兄弟だろうか。
「そういう訳ではないわ。境遇は同じだけれど」
「境遇?」
「勝手に話を進めるな。一体何の用だ」
 カクリが二人に割って入る。穏やかな彼女とは対照的に、酷く苛立っていた。その理由がシジマには解らず、困惑した顔で彼らを見るしか出来ない。
 だが、彼女はそんなカクリを歯牙にも掛けていなかった。カクリを軽くあしらうと、シジマに向き直る。
「私はセンカ。立場はそこのカクリと同じ、狭間の部屋の案内人。管理しているのは勿論別の部屋だけどね。以後お見知りおきを……と言っても、ほんの少しの付き合いだけれど。それと」
 センカが扉の方に目をやった。そこで揺れる頼りない姿。少女だった。センカはその少女を招き入れる。恐る恐る足を踏み入れる少女。カクリとセンカのやり取りのせいか、幾分怯えているかのように見える。
「この子はココウ。私と契約した審判」
 見る限り、ココウはシジマと同年代のようだ。複雑な気持ちだった。理由はどうあれ、ココウも自分と同じく、自ら死を選んだのだから。
 だが、カクリはその少女を一瞥しただけで、再びセンカを睨め付けた。
「一体何の用だと聞いているんだ。審判を連れてくるなんて、規則に反する。部屋を放棄でもしたのか?」
「問い質すまでも無いでしょう、カクリ。解りきった事を聞かないでちょうだい。これが何を意味するか、私がここに来た時点で解っているでしょう」
 センカの笑みに、カクリの反論が封じられる。詰まった声の代わりに、彼は彼女を睨み付けた。しかしセンカはそれを柳に風と受け流し、ソファに腰掛けた。この部屋の主かと思う程に堂々とした雰囲気だ。
「あの……一体何が?」
 睨み合う二人に耐えられず、シジマが口を挟んだ。表情を緩めたのはセンカだ。誰かさんと違って話しやすくていいと前置き、彼女は切り出した。
「一人の審判だけでは対処できない客人が居るの。一人では判断が出来ないというか、してはならない、そういう客人がね。桁外れの余命を必要として、尚且つ二人の審判の合議で決定をしなければならないの。その客人が審判の場に辿り着く事はとても少ない。私達ですら、出会う事は稀よ」
 センカが何を言っているのか、シジマには掴めなかった。ココウも同じなのか、困惑した表情でセンカを見つめている。ただカクリだけが、不愉快だと舌打ちしていた。感情をここまで顕にする彼に、シジマは驚きを隠せなかった。何故かと問う事もためらわれる。
 状況を把握しきれない二人の審判を置き去りに、カクリとココウは言葉を交わす。
「回りくどい説明だな」
「仕方ないでしょう? それとも、あなたなら上手に切り出せるのかしら、カクリ?」
「受けたのは君だろう、センカ。話すのは君の役目だ。こちらに押し付けないでくれ」
「苛立つ気持ちは解るけどね。でも、上手く説明出来っこないわ。やっぱり、慣れる事は出来ないもの」
「解っている。だが、前置きはもう良いだろう? 早くしてくれ」
「言われなくてもそうするつもりよ」
 案内人達のやり取りで困惑極まった二人に、ようやくカクリが笑いかけた。だが、いつもの笑みとは違い、固く強張ったものだった。センカも微笑むが、緊張の色は隠せていない。余程の客人なのか、とシジマも身構える。
「ええと、あなた、名前は? 勿論、審判の方よ」
 センカがじっとこちらを見ていた。
「……シジマ」
 気付けば馴染んでいたその名を、シジマは初めて他人に告げる。
「そう、解ったわ。シジマ、センカ、二人共こちらへ」
 センカは二人をソファへと呼んだ。じっくり話をするつもりだろう。カクリもセンカの隣に腰掛ける。腹をくくった、そんな顔をしていた。それがシジマの緊張を煽る。横目でココウを伺うと、不安気に視線を震わせているのが解った。叶うならば逃げ出したい、そんな風にも見える。
 全員が席に着いたところで、センカは声と表情を改めた。
「もう解っていると思うけれど、今からあなた達が審判をする相手は、今までとは違う。二人の合議が必要になる。良い? 私達の話を、よく聞いて欲しいの」
 カクリが目を伏せる。センカの表情も曇っている。部屋の中に鉛を流し込まれたかのように、重い沈黙がのしかかる。シジマとココウは、どちらともなく互いを見合わせた。
「持たざる者――今から審判を受けるの相手は、そう呼ばれているの」
 二人は固唾を飲み、センカを見つめる。彼女は薄く微笑んだ。儚く寂しいそれを浮かべたまま、彼女は続ける。
「持たざる者は、かつての私達の姿なのよ」

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