小説『先生は女子大生』
作者:相模 夜叉丸()

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夏期講習は7月の19日から。8月の31日まで行われる。英語は勿論一宮先生なのだが、政治経済と国語はほかの先生がやることになるそうな。明後日が夏期講習の申し込みの締切だから少し変更もあるかもしれないとあの教室長が言ってた。
 夏。受験生の山場。なんとか乗り切ってみせるぞ。


 そして、とうとう来ました。7月の19日。塾のスケジュールは、午後4時半から9時まで。1コマ90分。英語、政経、国語の順番。それを8月の終わりまで。午前中も、家の最寄駅から3駅の所にある図書館で勉強。まぁ、暇はないわけだから充実した夏になりそう。そういえば一宮先生は英語と国語を担当してくれることになったそうな。話したことない先生に当たるよりかずっとましだな。
太陽がギラギラと輝き、地面をジリジリと焼いている。蝉は盛んに鳴いて耳に障るほどだ。アスファルトの道からはユラユラと蜃気楼が立ち上っている。これが都会の夏の光景なんだな。田舎もこれに輪をかけて暑いんだろうけど。
 この季節は好きなんだけどやっぱり弊害はある。少なくとも汗っかきな僕としては厄介な季節だ。昔から普通に道を歩くだけでもシャツがびっしょりと濡れて少し重たくなる。それにクーラーのあるところに行くとその汗が乾いて塩が吹いてしまう。黒いシャツだったらそれが顕著だ。さらにもっとも厄介なのは臭いだ。汗をかけば汗の臭いがするのは当たり前だが、僕の場合すごい臭いになる。それが体臭なのか汗なのかは分からないが。小学生のころ、隣の女の子に汗臭いと騒がれて喧嘩になった記憶がある。
 別にその頃は気にはしなかった。みんな汗くらいかくし、臭いだってある。どんなに汗をかこうと臭いがあろうと、不潔だって言われても自分が不快じゃないなら別にどうってことないと今まで思ってきた。思ってきたのだが・・・。
 「いらっしゃいませ〜。」
 ピロリロリンと音楽が鳴って透明なドアが両サイドに開く。中は悔しいほど涼しい。そう、僕は塾の途中にあるキングマートに入った。冷房がガンガンかけられ、しばらくいると寒さを感じてしまいそうなほどだ。心なしか入り口近くに置いてあるアイスボックスの中のアイスは量が増えてるような。
 アイスを食べるためではない。僕は男性用化粧品のコーナーに直行する。
 「・・・・。」
 ギャッツビ〜、とキムタクが宣伝するボディシート。ウェットティッシュの入れ物のようなのがずらりと並んでいる。この夏こそ、みたいな宣伝文句も添えて。
 僕はそれを1つ取ってレジで会計を済ませる。一足外に出ると空気が生暖かく感じた。
 駅近くの市谷スクールビルに到着すると、僕は教員室の脇にあるトイレに駆け込んだ。入って、トイレの扉にある上着をかけるフックにショルダーバックをかけて、中からタオルを取り出すと上半身を隈なく拭いた。顔から背中にいたるまで。
 そして、ある程度汗が引けてきたら例のボディシートを1枚取ってまた上半身を拭く。拭いた部分からスッと冷たくなり、少しだけ鼻をつく匂いがした。使い終わったシートをゴミ箱に捨て、僕は教室に向かう。
 「・・・・ふんっ。」
 今まで身だしなみにほとんど無頓着な僕だったが、僕に身だしなみを気にさせたのは・・・。
 「こんにちは。暑いねぇ。」
 
 「こんにちは。」
 人がいっぱいの教室、いつもの一宮スマイルで迎えられた僕は先生の隣に座った。何故僕が身だしなみを気にし始めたか。それは先生に距離を置かれたくない、というより嫌われたくなかったからである。
 先生を神格化してるわけではないのだが、こんな綺麗な人に僕の体臭だの汗の臭いだの、不潔な臭いを嗅がせるのは正直気が引ける。先生にいやんっ、不潔人間!みたいな目で見られたくない。悲しいかな。今になってやっと身だしなみを整える意味が分かった気がした。
 

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