小説『先生は女子大生』
作者:相模 夜叉丸()

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「・・・すいません。」
 わずかな息遣いとペンで何かを書き込む音が教室を満たしていた。僕はまた英文を読み始めた。


 午後12時45分ごろ、ようやく授業が終わり、帰路につこうとしていた。下駄箱の扉を開けて革靴を取り、地面に落下させた。八の字に置かれた靴を履いて僕は玄関を出る。
 学校の中も冷房はかかってはいるがそこまで温度は低くない。だから外と中の温度差はびっくりするほどあるわけではなかった。温いと思う。グラウンドを野球部が占領して練習をしている。夏に野球部と言うとすぐに甲子園を連想してしまう。夏の風物詩の1つみたいになってるな。焼けつくグラウンドで、水道近くの1年生が素振りをして2年生がノック・・・というやつか、監督が打ったボールをキャッチしてなんかしておる。
 暑いのに本当すごいなと正直に思いながら僕は野球部の連中の邪魔にならないように校門まで遠回りして行った。
 こんな僕だが、中学生のころは部活をしていた。剣道部だった。何で入ったのかと言えば親が勧めたから。父親がしていたからというのもあったが。
 中学1年生なんて小学生に毛が生えたようなもので、自分の意志はあるようで実は無かったりする。他のやつらは知らないが、少なくとも僕はそうだった。親が言うからやってみようかという軽い気持ちで。だから高校生では多分許されないであろう親が言ったから、先生が言ったからという理屈がまかり通る。
 だが、それがいけなかった。入ってみると小学校のクラブ活動と違い、初めての上級生との上下関係や、厳しい先生や先輩の叱責など、甘ちゃんだった僕にとって本当に衝撃的で、本当に辛かった。その様子は凄まじく、昼食の時は吐き気がして食事もままならず、部活の時間が近づく度に寒気がした。そして幾度となく言い訳めいたことを言って部活動を休んで部屋に転がり込んだか。今日休んでも明日があるというのに、僕はただただこの状況から逃れたかった。それでもやる時はちゃんとやっていた。だがそれは剣道の修練の為というより、先輩に怒られないように必死こいてやってただけだった。
 そんなこんなで、中2の春、僕は退部届を先生の所に持って行った。その時にはもう、自分が何をしたいのか分からなくなってた。大切な時期なのに、方向性を見失った。
 「残念だなぁ。お前1年の中で結構まじめにやってたから、副部長候補に挙げてたんだけどなぁ。」
 先生すら気づいてない。僕が剣道をやってた動機。先生の言葉を聞いて、何だか虚しくなった。家では両親揃って僕を怒った。特に母は激しく、ていまだに防具の金がもったいないとか、意志が弱いのよと言う。僕はその度に怒りが心に満ちたけど、何も言い返すことなんてできなくて。
 「・・・・。」
 夏の日差しが照りつける昼下がり、熱を帯びたアスファルトを一歩また一歩と踏みしめた。町は蝉の鳴き声に満ちていた。
 その時の後悔はきっと今も心のどこかにあるんだろう。そいつは場所を選ばず現れて、僕の心を憂鬱にする。ああ、僕はあのまま剣道部にいたら、どれだけ違う道を歩めたんだろう。
 電車に揺られて家に着くと、例のごとく母がいた。僕は小声でただいまと言った。僕に気づいた母はお昼ご飯食べる?と聞いてきた。
 「いらない。」
  母がエプロンを着けながら僕に投げかける。
 「あなた前もそう言って食べなかったじゃない。何?具合でも悪いの?」

 「そんなんじゃない。」
 僕は階段を上がったが途中で母の方を振り返る。
 「僕、あともうちょっとしたら塾行くから。」
 母の返事を待たず、僕は2階へ上がった。

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