小説『先生は女子大生』
作者:相模 夜叉丸()

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17日の10時ごろ、僕は財布と鍵を持って家を出た。外はやっぱり暑い。蝉の大合唱もまだ続いてる。僕は駅の方へ歩き出した。
 行先はおしゃれな街で有名な裏参道。僕の最寄駅からだいたい40分くらいかかる。電車で一本、乗り継ぎ無し。僕はそこの裏参道駅のすぐ近くにある楽器店に行くことに決めた。
 その楽器店は、僕が数年前ギターを購入した店だ。あれは肌寒い年末、その店でクリスマスセールが実施されてた。アコースティックギターとピック、スタンドとソフトカバーケースと他に備品が4点付いて3万円だった。3万円と言えば一番安いギター1本の相場である。特別大放出だ。だが実質的に役に立った付属品はスタンドとケースのみで、他はさほど役に立ってない。当時それさえ分かっていればもう少し利口に商品選びができたんだろうが、店員の兄ちゃんのごり押しが通り、買ってしまった。
 でも、大切に扱えば安いギターだって長持ちする。おかげさまでもう3年近く経ってもちゃんと音は出る。
 思い出せば、買った当初はいろいろと苦労したものだなぁ。ペグを回し過ぎて弦がブチッと切れたり、弦交換に2時間かかったり、チューニングはどうゆう方法でやればいいのかと、あんなものこんなものと色んなものを小遣いはたいて買ったっけ。今はもうそんなことないんだけど。いろんな意味で思い出深い・・・というのは多少オーバーだけど、そんな懐かしい思い出がある。
 最寄駅から冷房のよく効いてる電車に揺られていた。中吊り広告を見ながらずっと。記事は・・・上島智子、占い師女性から奪還か・・・。隣の記事に目を移す。山田優子、小栗俊太郎とお泊り愛・・・知らんがな。
 「・・・・。」
 くだらん。
 そのくだらない記事を見ながら暇を潰していると、もう裏参道駅に到着した。人がごった返す駅構内。僕は人に当たらないように避けながら駅を出た。
 さすが、おしゃれな街。行きかう人たちのファッションセンスの良さは僕とは比べ物にならない。だが僕は行きかう人たちにはあまり目もくれず、目的地に直行した。
 その楽器店は5階建てのビルで、フロアーごとにエレキ・ベースの階や、アンプなどを扱う階がある。1階の入り口近くにあるショウウインドウには高そうな最新フォークギターが飾ってある。値段は・・・200万!
 外見上は特に普通のギターと変わりないが、何が違うんだろう。そう思いながら入り口に近づいた。自動ドアの数歩前に差し掛かった時、僕はハタと、足を止める。
 「・・・。」
 地面を見下ろした。無造作に捨てられたタバコの空き箱。黒く濁った水がマンホールのわずかな溝に溜まってる。僕は顔を上げ、透明なドアの向こうで店員さんがいろいろ作業したりしているのを見ながらふと思った。
 (あれ、僕何しに来たんだろう。)
 思いつきでどこかに行くものじゃない。楽器店に着いたものの、特に何をしようとも決めてなかった。レジャー施設じゃないから、遊ぶ場所があるわけでもなく。僕は帰ろうと思ったが、足が止まる。
 (時間の無駄じゃないか。)
 わざわざ時間をかけて結局帰るのはいかがなものか。何かしなければ本当に時間の無駄だ。
 僕は、ため息をついて店内に入った。


 ピックと弦、合わせて2点お買い上げでーす。店内でうろうろしながら1時間いても、つまらんだけだった。だからお手軽に買えるものを2つ買って、今日は引き上げることにした。思いつきなんて、あてにならない。僕はさっさと駅に向かった。
 駅の構内は電車が行き来する度に生暖かい空気が通り抜ける。ただでさえ暑いのになんてことだ。駅の柱に寄りかかって僕は電車を待った。現在時刻12時42分。早く来てくれーと思いながら待ってると、遠くからコツコツとハイヒールの鳴る音が聞こえる。だんだん僕に近づいてきているのが分かった。その音は僕の横でピタリと止んだ。
 「田ー中君っ。」
 リズミカルな声調のその声に、僕は聞き覚えがある。僕は慌てて声のする方を向いた。
 
 

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