小説『先生は女子大生』
作者:相模 夜叉丸()

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「・・・先生がそこまで言うんなら、自信持ちます。」
 僕は渋々答えた。
 「そう来なくっちゃ。」
 先生は僕の頭から手を離すのを見て僕は席を立った。
 「じゃ、ありがとうございました。」
 僕は先生にお辞儀をした。
 「うん、気を付けて帰ってね。」
 僕は振り返り、出口に行こうと足を一歩出したとき先生があっ、と声を発した。僕はびっくりして振り返った。
 「?」
 先生を見るとポケットの中をいじくりまわしていた。右のポケットを見たと思ったら左ポケットを見たり。僕は先生のある意味挙動不審な行動が気になった。
 「どうしたんです?」
 慌てて先生が僕を見て必死に否定してた。
 「ううん、何でもないの!」
 何でもないわけないだろその慌てぶり、と突っ込みたくなったが大したことではないだろう。僕は再びお辞儀をして教室を出て行った。


 吉田先生はこの申込書を渡すときにくれぐれも誤記入が無いようにな、と言って僕に渡した。それは專教大の推薦入試申込書だった。
 B5サイズの白い大きな封筒の中に、マス目の入った用紙が2枚と、氏名と住所を書く為の書類などがある。これは別に普通なのだがこれにプラスして校長先生の推薦証明書や卒業見込書などを同封して大学に送らなければならない。そんなに手間はかからないが、1つだけ面倒なことがある。それは志望理由書だ。
 マス目のある用紙が2枚あるが、これに本学の法学部を志望する理由を800字以内にまとめて黒のボールペンまたはペンで記入せよと指令が書いてある。何の捻りもない。そのままの意味だ。
 これをやったことのない人間にとってみればなんだ簡単じゃないかと思うかもしれないが、実際は結構面倒だ。小学生のようにこれこれを、どうしたいので、これがしたいです。と、純粋に書けるいわゆる感想文形式で書くのは得意だが、大学の志望理由書はそう簡単にはいかない。
 いろいろと字数の問題もあるが根本的に重要なのは、志望理由書なので志望理由を書かねばならないことだ。当たり前のことだが、これが難しい。さっきみたいに感想文形式なら慣れているものの、その大学を志望する根拠やその大学を志望する一番の理由、自分はこれがしたいからこの学部なんだと、論理的かつ知性的に書かなくちゃいけない。よく多い間違いは、その感想文形式でダラダラと同じことを何度も繰り返しているような文章なのだそうな。
 これを踏まえ、下書きを作成している。国語の先生に、これはこうすれば良いとか、これは普通こうだろと指導を受けつつ、やっと全て書き終えた。簡単に書き終えたとやっぱり思う人もいるかもしれないが、ここまで来るのに2週間かかってる。内容よりも、添削に時間を割いた。だが、あとは清書だけ。今日は10月の6日。まだ提出期限まで時間がある。十分間に合う。
 6日も市谷スクールがあった。授業を受けながらちょこちょこ志望理由書のことを話した。そういえば、志望理由書の作成があるからって休んじゃいけないわよっ、と先生が釘を刺してたっけ。行かないわけ無いじゃないですかぁ。 
 「へぇ、そしたら後は清書して出すだけなんだ。」
 先生は机の上の教科書を片づけながら言った。僕はそうです、と答えた。
 「割と長かったですよ。添削が特に時間がかかって。国語の先生が本当に厳しくて、なかなかOKを出してもらえなかったんです。」
 そっか、と先生も笑みを浮かべながら受け答えた。
 「これで有意義に冬休みを過ごせるわね。」 
 
 「はい。休みに入ったらまたギターを再開しようかなって思ってるんです。今までやってこなかったし。」
 僕はそう言って席を立とうとしたら先生がちょっと待って、と言って僕を引き止めた。僕は先生の方に顔を向けるとポケットから何かを出して僕に差し出した。
 先生の手のひらの上には白くて、縦5センチ程の長方形のひも付き巾着袋が乗せてあった。その袋には茶色い鈴が付いていて、表に学業成就と赤い刺繍で書かれている。
 「先生、これ・・・。」
 
 「受け取って、田中君。」
 僕は先生を見た。先生は手を差し出して僕を見つめたまま。僕はまたいつぞやと同じ気持ちがした。電車で先生が僕に寄りかかって眠る姿を見てキュンと胸が締め付けらる思いがした。それに似ていた。その真っ直ぐな眼差しに・・・。
 「先週渡すつもりだったんだけど忘れちゃって。湯島天神のお守りよ。」
 僕は手を伸ばしたが、僕は躊躇した。
 「でも、僕の場合は指定校の推薦だし落ちることなんて・・・。」
 言いかけたが先生は首を振った。
 「推薦のことだけじゃなくて、まだ気は早いけど田中君が大学でもやっていけるようにと思って。」
 僕は、何だか告白されたみたいな気持ちになった。先生にそんなことを言われるとは夢にも思わなかった。そんな真剣な目で言われたら、僕は受け取るしかない。先生、そんなことまで考えてくれていたんだ・・・。
 僕はお辞儀をして手を伸ばした。
 「ありがとうございます・・・。」
 お守りに触れた瞬間、先生はお守りごと僕の手を軽く握って、その上に先生が右手をまた乗せてきた。僕は慌てて先生を見ると先生は目を瞑っていた。そして、先生は静かに呟く。
 「無事合格しますように・・・。」
 先生は静かに手を放して、僕を見るとまたいつもの微笑んだ顔に戻っていた。
 「じゃ、気を付けて帰ってね。」
 外はもう暗かった。秋の日はつるべ落としとはよく言ったものだ。本当に日が暮れるのが早い。西の空にはオレンジ色の夕焼け空が広がり、その光が町を優しく包んでいる。
 僕は、家の近くにある街灯の下で先生から貰ったお守りを街灯の明りに向けてみた。白い布地は何となく清らかな感じがする。先生らしいな。
 僕はそれを優しく握りしめ家の玄関に向かった。
 
 

  
 
  
 

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