小説『先生は女子大生』
作者:相模 夜叉丸()

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初めて市谷スクールに行ってから、早いもので一週間。土曜の午後、僕は再び市谷スクールのあるビルの前に立っていた。透明な玄関口の自動ドアの向こうには先生方が忙しそうに動き回ってる。コピーを取ったり、他の先生と何やら相談をしている人もいる。肩から下がったショルダーバックの紐を握り締め、階段へと向かった。
 階段を一段一段上がるたび、緊張とも、不安とも言えないプレッシャーが胸にのしかかる。しかし、この数日で僕はある考えを導き出す。
 先生は、一宮先生は人間であって怪物ではない。当たり前だが、僕が対面して会話を交わそうとしてる相手はあくまで人間だ。先生が殺人鬼だったり妖怪であれば話は別だが、同じ人間なのだから必要以上に怖がる必要は無いと、無理やり自分を勇気づけてみた。ただその考えをゆういつ阻害するものは、先生が美人であることがそ僕をさらに怖がらせてオドオドさせてしまうことだが。
 教室の扉を開けて、中に入っていく。前に見た先生の頭頂部が仕切りから見えた。
 中央の通路を歩いて先生のいるところまで向かった。一歩一歩歩くたびに、先週の鮮烈な記憶がよみがえった。その時のことが僕の体を身震いさせる。やっとのことで先生のいるところまで足を運べた。先生は足を組んでいろいろと書類のようなものを書いていた。僕に気づくと、僕に向かってまた例の微笑を見せた。
 「こんにちは。」

 「こ・・・こんにちは・・・・・。」
 なんとも情けないことだ。声が尻すぼみというか、消えそうな声で返事をした。先生は自分の腕時計を見て、じゃぁ早いけど、と前おきをした。
 「はじめよっか。」

 「・・・・はい。」
 
 「うん。じゃぁ、宿題の前にですね・・・模試の成績表は持ってきてくれたかな?見せてもらえる?」
 ショルダーバックを机において中をゴソゴソ音を立ててそれを取り出した。先生に手渡した。
 それを受け取ると先生は、上から下の隅々まで目を通し始めた。時折、成績表の見方が書いてある裏面を見たりしている。先生が黙っているこの空白の時間も落ち着かないが、成績表に対する反応も気になった。
 しばらくして一言うん、と先生が頷いた。
 「そうね・・・全体として少し点数は低めかな。うん・・・でも文章問題はそれなりにできてるけど文法問題は・・・そうだね、やっぱり覚えているのといないもののがあると点数の落差って激しいからね。」
 はい、ありがとうと言いながら先生は僕に成績表を返す。それからね、と先生は続ける。アドバイスをしている先生の方を向かないわけにはいかない。僕は先生のアドバイスを聞くために先生の顔を見ようと努めた。
 「英語も慣れが必要だから、時間はかかるけど読めるようになると思うよ。だから・・・。」
 必死に先生の表情を見て話を聞く僕に対し、一宮先生はとんでもないものを僕に飛ばしてきた。
 「一緒にがんばろうね。」
 笑顔とセットでそんな言葉をかけられてしまった。僕は心の中で白目をむき出し、失神してしまっていた。一宮先生スマイルとその優しい言葉のダブルパンチを食らってしまった。ああ先生、なんてことをしたんだ。それからの僕は授業に集中することもままならなくなった。


 それから二日後の月曜日。僕はいつもの時間帯に校門を通ろうとしてた。他にも複数の生徒が校庭を通り玄関まで向かっている。
 「オッス。」
 校庭の中間地点で後ろから奴の高い声が聞こえた。
 「木南か。オッス。早いなぁ。もう一週間経ってしまったな。」
 ぼっちゃんヘアの前髪を分けながらまぁねえ、と奴は答えた。
 「そういえば、田中先週二回目の塾だったでしょ?大丈夫だったの?」
 
 「また塾の話ですか?大丈夫って何がですか?何がですかっ?」
 細い目をさらに細めて奴を睨む。両手の平をこっちに向けていやいやと木南は苦笑した。
 「だってほら何か田中さ、前に会ったとき呆然としてたから、大丈夫かなぁって・・・。今日もなんか釈然としない顔をしてるし。」
 僕はまた立ち止まり、空を見上げた。
 「木南よ、女の人の笑顔って、どう思う?」
 奴はまたえっ、と言って困惑してる。
 「あれは・・・大量破壊兵器だよね。あんなに眩しい笑顔を見せられたら僕、死んじゃうよ。」
 空は今日も青かった。

 
 
 

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