小説『虹の向こう』
作者:香那()

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相変わらず。薄暗い廊下を歩いていく。

私は思わずゆうちゃんに尋ねた。

「何を話せばいいのかな?」
「普通でいいよ」
「普通って言ったって」

相手は死に直面している人だ。

軽々しくものも言えない。

そのまま、エレベーターに乗り込んだ。

どこかで、これが最期だと思った。

博久くんの病室へ着いた。

ゆうちゃんが明るい声で言った。

「ひさちゃん、香那ちゃんが来てくれたで」

「お久しぶり」

挨拶は交わせた。

しばらくして、ゆうちゃんは博久くんのお母さんに用事があると言って出て行ってしまった。

「…」

何を話せばいいのだろう。元気?具合はどう?調子は?どれもこれもふさわしくない。

お互いに死を悟っている。

「ゆうちゃん、遅いねえ」
「おかんと話す時も多いきねえ」
「そうなんだ」

また沈黙だ。早くゆうちゃんが帰ってこないかなと思っていた。

ゆうちゃんはゆうちゃんで、どうやら最期のお別れをさせたかったようだった。

「ジュース買うてきたで」
「ありがとう」
「何、二人とも黙っちゅうがで」
「いや、ここは、やっぱり太鼓持ちのゆうちゃんがいないとね」

少しだけ喋って、お暇することにした。

「またお見舞いに来るきね」
「奥さんも元気で」

結局それが最期の言葉だった。

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