ふと、部屋の一角に目がいった。
そこだけ綺麗に片付けられている。小さな棚があって、鍵が閉められるようになっているが、鍵は閉まっていないようだ。
好奇心に負けて、その棚の中を覗いてみた。
入っていたのは、原稿用紙。
僕は驚愕した。
それは、僕が今まで稔弘にあげてきた、無数の小説だった。
誕生日になにかを買うお金がなくて代わりにあげた小説。
せがまれて書いた短編。
気の向くままに数カ月かけて書いた長編。
稔弘の、あの言葉が蘇る。
『おれ、兄ちゃんの小説好きだよ。なんか温かくてさ』
ああ、本当にあいつは、僕の小説を好きでいてくれたんだ。
こんな風に、全部大切にとっておくほどに。
その時、心に空いた穴が埋まった気がした。
さっきまでの自分の疑問が馬鹿らしく思えてきて、胸の中にあったもやが晴れていった。
僕は父さんの元へ走った。
たくさんの原稿用紙の束を持ったまま。