小説『雪だるま』
作者:STAYFREE()

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「けいこちゃん!けいこちゃん!僕、またあの公園で一緒に遊びたいよ。だから、頑張ってね!死なないでね!」

 6歳の男の子の悲痛な声が病院の廊下に響き渡っていた。人の生死なんてまだ完全に理解はできないが、いつも一緒に遊んでいた仲良しで大好きなけいこちゃんがいなくなってしまうかもしれない。それはものすごい悲しいことだというのはわかっていた。
「良太君、今日の夜に雪が降るんだって!明日、積もってたら公園で雪だるまを作ろうよ!」
「うん!そうだね!」
「約束だよ!」
「うん!」
”けいこちゃんは一度も約束を破ったことなんてないんだ。だから、きっと大丈夫”
 良太は心の中でそうつぶやいていた。
 二時間たっても、三時間たっても、手術中のライトは消えなかった。
「良太、今日は遅いからもう帰ろう。大丈夫。けいこちゃんはきっと だいじょうぶだよ。」
 父親の言葉と神様を信じて良太は家に帰った

 次の朝。天気予報は外れたのだろうか。空は相変わらず曇っているが、雪は降らなかった。
リビングの電話が鳴った。悲しい知らせだった。

「今日は関東地方に北から寒気が入り込み、夕方からは雪が降るでしょう」
 春が近づいた3月下旬のある日。黒のロングコートを着た30代くらいの男がラジオの天気予報を聞きながら公園のベンチに座っていた。何かを観察するような視線。その視線の先には木でできた女の子の像があった。小学校1年生ぐらいだろうか。女の子の木像は上を向いて空を見つめている。
 同じようにベンチに座っている男性も空を見上げる。今にも降り出しそうな曇り空。二十年数前のあの時もこんな曇り空だった。
 
 男の黒いコートに直径1cmぐらいの白い点ができた。白い点の数はどんどん増えていき、公園の地面もだんだんとまだら模様になっていく。1時間もすると地面はうっすらと白くなった。
 2時間経っても3時間経っても男は公園のベンチから動こうとしなかった。雪はもう5cmぐらい積もっただろうか?
 やっと、この日に雪だるまを作ることが出来る。あの時の約束を実行できる日がやっと来た。
 男は立ち上がり、雪だるまを作り始めた。泥がついて汚れた部分をできるだけ取り除きながら女の子の像と同じぐらいの大きさの雪だるまを作り上げた。
 そのとき男の携帯電話が鳴った。
「あなた!凛が凛が交通事故で病院に」
「重傷なのよ・・・・・・命も危ないって」

 病院の廊下には長椅子に座って憔悴しきった妻の姿があった。
「凛は?凛はどうなんだ!」
 集中治療室の前で夫の問いかけに答えることができない妻の様子が全てを物語っていた。
 少しして、妻がつぶやいた。
「明日には雪が積もってそうだから、公園で友達と雪だるまを作るんだって楽しみにしていたのに。。。」
 なんていうことだ。あの時のけいこちゃんの時と同じ状況じゃないか。
 しかも、今日という日に今度は自分の娘がこんなことになるなんて。人生はなんて皮肉なんだ。男は心の中でつぶやいた。

 朝になった。扉の開く音。医者が集中治療室からでてきた。
「娘さんは、凛ちゃんは大丈夫です。奇跡的に命を取り留めました。よかったですね!お父さん!お母さん!」
 二人の顔には喜びの笑顔と同時に涙が零れ落ちていた。
 よかった・・・よかった・・・
 男はほっとしてロビーの自動販売機にコーヒーを買いに行った。テラスから差し込む朝日がまぶしく神々しく感じる。その視線の先に身の丈1mぐらいの雪だるまが映った。
 あれ?昨日の夜は病院の庭には何もなかったのに・・・。
 
 その雪だるまは3階にある集中治療室を見上げやさしく微笑んでいるようだった。

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